第五章 騎士団の戦姫(3)
アルフレッドたちは、捕虜用の船倉ではなく兵員房に居をあてがわれていた。
シュウとの会見を終わらせて戻ったアルフレッドは、彼の語ったランダウ騎士団のあらましを四人に話して聞かせた。
義賊とは言えないまでも、市民の生活の防衛のための戦力というのなら、正統政府軍や新同盟軍となんら変わらない。ただ略奪と殺戮を楽しむ集団では無い、という事実は、彼らの良心を悩ませる問題を一つ解決した。
会見の最後に、ランダウ騎士団がこのウィザードたちを戦力として受け入れ生活だけは保障する、とシュウが宣言したことをアルフレッドが伝えると、安堵の空気が広がった。
ともかく、安住の地を得たのだ。
もちろんそれは、惑星につながった地面の上ではなく水上に浮かぶ船の甲板の一画に過ぎないのであるが。
母船は大量の捕虜たちを第六市に運び込む航路を取ることになった。
約二日の行程ではあるが、久しぶりに平穏な生活が戻ってきた。その一日目が終わる夕暮れごろ、アルフレッドとシャーロットは、二人で並んで船首の見える甲板上の荷箱に座っていた。
夕方の船上格闘訓練を終えて一息つき、どちらからとも無く二人はそこに座っていた。
「……ありがとう、アル」
シャーロットも久しぶりにエクスニューロを外している。
「ああ、えー、何が?」
「アルが交渉してくれなかったら……この船……乗れなかったから……」
「ああ、いや、それだったら僕のほうこそ礼を言うべきだ。君の能力が無ければ、僕は良くて奴隷か、あの場で隊長たちにリンチを受けていたかもしれない」
「うん、でも……あたしの力は……これ……」
今は何も装着されていないエクスニューロのコネクタを左手でなでる。
「いや、怖がらずによくがんばってくれた」
「怖いけど……みんなを……アルを……助けられるなら……」
伏目がちにそう言う彼女を、アルフレッドは、守ってやりたいな、と思う。実際には、エクスニューロを着けた彼女に守られてばかりなのだが。
「明日には第六市だ。君は船を下りるんだ。隊長には上手く説明する。君は特別だから、むやみに前線に出すべきじゃないとかなんとか、ね。君の未来予知に近い力は、むしろ後方支援になるだろうと思うし」
アルフレッドの言葉に、シャーロットは首を横に振った。
「……そば……守りたい……だめ?」
その少ない言葉に込められた彼女の想いを、アルフレッドはどのように受け取っただろうか。
しばらく、小首を傾げた彼女の顔を見つめていた彼だが、小さなため息をついてうなずいた。
「……分かった。だけど、そしたら君はエクスニューロを着けることになる」
「後方支援もそう……でしょう? アルは優しい。あたしがあれを使わずに済む方法を考えてくれてる……でも、あれはあたし。みんなを守るために……受け入れるって決めた。……アルにも受け入れて欲しい」
政府軍の宿舎で、それを受け入れると決意してアルフレッドたちを救出に来た彼女の真剣な気持ちを思い、アルフレッドは胸を痛めていた。
だが、それは、彼女に対してとても失礼なことだったのではないだろうか。
僕ばかりがエクスニューロの異常性を忌み嫌い、それを目の前から消したいと思ってるだけではないか。
僕らを助けてくれたのは紛れも無くエクスニューロと一つになっていたロッティなのに?
そう思うと、自分が彼女に対して発露させた優しさと思い込んでいた言葉や行動が、ひどく安っぽいものに感じられる。
儚げな彼女を守りたいと思うことと、凛とした彼女に助けられること、全く別人を相手にしているかのように考えていたことに気が付く。
「すまなかった、そうだ、僕を守ってくれたのは君だ。僕が君を守れるときは君を守る……だけど、君が僕を守ってくれると言うのなら、守って欲しい」
アルフレッドが言うと、シャーロットは儚げに微笑み、首を縦に振った。
夕日が反射する彼女の栗色の髪が黄金に輝いたように見えた。
***
ランダウ騎士団第一遊撃隊の母船の入った母港は、第六市から隔たった複雑な海岸線にひっそりと造られていた。
母港にはもう一隻の中型母船も入っていた。それは第三遊撃隊の母船らしく、全三軍団のうち二軍団の母船が同時に入港することは少しばかり珍しいことだとシュウは語った。
略奪品と捕虜を手早く陸揚げし、補給と短い休暇が取られた。一部のものは第六市で休暇を過ごし、多くのものは母港に留まる。そのような需要があるためか、母港には多くの物品が集まり、嗜好品も豊富で、もちろん娼館の数も第六市の総計に劣らない。
一度は上陸したアルフレッドたちだが、軽くぜいたく品を眺めただけですぐに船上に戻った。禁欲的なミネルヴァの生活習慣はまだ当分抜けそうにもなかった。
補給品の積み込みが終わると、すぐに出撃となった。
大陸南部の海賊は数百の勢力があると見られ、さらに、ある地域を掃討すると北部山岳の武装集団が南下して新たに海賊化する例も多く、毎日のように出撃しても一向に被害は減らないのだと言う。
出撃に当たって、第一遊撃隊に新規小隊が設立されたことが全隊にアナウンスされた。それは言うまでも無く、アユム・プレシアードを小隊長とする『ウィザード部隊』である。
シュウを相手取った大立ち回りは一部ではうわさになっており、この新小隊に期待を寄せる声も上がったが、大半を占めたのは、女性を中心とした小隊の実力に対する懐疑の声だった。
母港を離れて二日後、第四市南部の集落の襲撃で、その評価は一方に統一された。
ウィザード部隊はわずかな補給物資だけを携行した上陸を襲撃前夜に敢行し、これを難なく成功させた。襲撃当日、ウィザードによる後方かく乱と正面揚陸の作戦がとられたが、揚陸部隊は一兵の負傷も無く上陸完了し、村への突入と同時に武装集団は降伏した。後方かく乱の主目標として武器庫などが設定されていたが、ウィザード部隊は二ヶ所の武器庫を作戦開始時間と同時に完全制圧し、早々に敵勢力を弾薬切れ状態に追い込んでいたのである。
あまりに瞬時に戦闘が終わったために村からの逃亡者も無く、非戦闘員も含めた村民すべてを捕虜として獲得した。
この鮮やか過ぎる手際に、ウィザード部隊は一躍第一遊撃隊のアイドル的存在となった。
中でも、いくらかの負傷をのぞけば敵方に一人の死者も出さずに拠点占拠、防衛をこなしたアユム・シャーロット組の話はいくらでもうわさに尾びれを付けさせた。実のところ、確保した捕虜も大切な収奪物であるから再起不能な大怪我や殺害は避けろと厳命したシュウと、そう伝えるよう助言したアルフレッド、この二人がシャーロットにそうさせたのであったが、それは枝葉の問題である。命令されたからと言って、重武装した集団を相手にそれができるかどうかはまた別の問題であり、それをやってのけた彼女らの人気は否応無く上がった。
ウィザード部隊の初出撃の戦闘は敵味方を合計した損率においてランダウ騎士団第一遊撃隊の最低記録を更新した。
第一遊撃隊はさらにその近隣の小集団を無被害で制圧し、帰還航行中に救援要請のあった貨物船団の元へ駆けつけて海賊を追い払い、捕虜と戦利品を満載にして八日ぶりに母港に凱旋した。




