第五章 騎士団の戦姫(2)
揚陸用ホバークラフトに乗せられ、沖合いの母船へ連れられる。
怪我をしたシュウには、どういうわけか、幾人かの側近に加えてアルフレッドも付き添うことになっていた。彼も、シャーロットに命じて怪我をさせてしまったという罪悪感を感じていたし、シュウ自身も彼のことを憎からず感じていたようだ。
母船にはきちんとした医療設備があり、シュウは早速そこに運び込まれ、緊急手術が行われた。ほとんどはロボットによる自動手術だが、破壊部位が広がっていたために一部手練の医師が手を入れた。
シュウの怪我は、以前の怪我で入っていた固定ピンの破損、それから、固定ピンで支えられていた骨格への強い応力による複雑骨折だった。
新しい人工骨を入れる処置は滞りなく終わり、左肩から左腕全体を覆う防護帯に包まれたシュウがストレッチで運ばれ、個室の病室に寝かされる。アルフレッドはそれを見守っていた。
周りの幹部といくつか言葉を交わしてから、最後にアルフレッドに向き直った。
「……たいした女だな、あの……」
「シャーロット・リリーです」
「シャーロットか。手も足も出なかった。何者だ?」
「彼女は……」
一瞬言いよどんで、しかし、いずれ彼らがミネルヴァと衝突するときのことを考える。
「強化兵のようなものです。僕以外の四人が」
「強化兵か。人体改造というような話は聞いたことがあるが」
古来から、人体改造により兵士を強化するというアイデアは尽きたことが無い。単純なところではステロイド注射による筋力増強から、果てはチタン骨格と人造筋肉によるアンドロイド化まで。
「どこのもんだ?」
それは当然の疑問だった。人体強化を行うほどの技術力と資金を持つ団体があるとすれば、まずそれこそもっとも危険で重要な情報なのだから。
「……ミネルヴァです」
これは聞かれなくともアルフレッドはいずれ口にするつもりだった。何より、貴重な秘密を宿した逃亡兵として、彼らをいつまでも放っておいてくれるはずが無い。今も捜索は続いているだろうし、もしミネルヴァが勢力を拡大していけばランダウ騎士団との遭遇戦も起こりうるだろう。そんな時、彼らの安全を守れるのは、彼らの保護者でしかありえないのだ。
「ミネルヴァは、脳機能を拡張してより高速で正確な戦術判断を行うシステムを開発しました。エクスニューロと呼ばれています。あの四人は、それを持っています」
「……なるほど、俺の攻撃が当たらんはずだ」
「あらゆる入力から導き出される予想を直感として与え、通常の思考による動作よりもはるかに早い反応を実現しています」
と、続けてほぼ受け売りの知識をアルフレッドは並べる。
「そうか。それにしても、俺の左肩に補強ピンが埋まっていて、しかもそれにどんな衝撃を加えれば折れるか、といったことまで分かるのだとすれば、それはもはや魔術の域だな」
言われてみて、アルフレッドもそう思う。
実際にそこにあるものを見る力と判断する力を増強しているに過ぎないのに、見えないものの存在と弱点まで明らかにするとは。
「あなたが戦ったロッティ――シャーロットは、その中でも格別なんです」
シュウの言葉を聞いて、彼女の格別さを改めて認識したアルフレッド。
「見えないはずのものやかなり遠い将来のことさえ、ある程度言い当てるようです。エクスニューロとの相性が良い、ということのようですが」
彼の説明を聞いたシュウも、得心したようにふむと唸る。
「それで?」
やや間をおいて放たれた短い言葉はそれだけだったが、すなわち、なぜランダウ騎士団に頼るのか、経緯を語れ、と言っているのだろうと、アルフレッドは察した。
「そのシャーロットが、ウィザード部隊――彼らエクスニューロ装着者の部隊です――それが、皆殺しになるかもしれない、と直感して脱走を企てたのです。実のところ、ミネルヴァ内部にも学粋派と名乗る過激反戦派が台頭しつつあって……おそらくその騒ぎに関係があるのでしょう。僕らはミネルヴァを抜け出し、一旦は正統政府に身を寄せましたが、彼らもエクスニューロ装着者を実験動物として扱うだろうと予期したため再び逃げていたところです」
それに対しても、シュウはふむと小さく唸る。
「……俺たちが、同じようにおめえらを実験動物として扱うか、あるいは、危険に過ぎるから処分するだろうとは、考えねえのか」
「当然、そんなこともあると思います。だが、丸腰であなたを子ども扱いするウィザード、それが四人。そのポテンシャルすべてを逃走という一事に注ぎ込んだら、あなた方はそれを被害を出さずに止められますか?」
すると、初めてシュウが笑顔を見せて小さく笑った。
「……無理だろうな。お前は実にすばらしいスポークスマンだ。お前たちを正当に扱えば益は大きく、不当に扱えば報いを受けると。誤りようの無い選択問題のようだな」
「ありがとうございます」
アルフレッドは軽く頭を下げる。
「それに、お前自身もほどほどに鍛えてあるようだ。明日から我々の部隊の訓練に参加しろ。紹介が遅れたが、我々はランダウ騎士団第一遊撃隊。騎士団随一の戦闘集団だ。俺はその隊長、シュウ・ジャネス。よろしく」
ベッドの上から伸ばした手を、アルフレッドは握り返した。
「では隊長、教えてください。ランダウ騎士団とは、何なのですか」
「それを知らんとは、おめえららしいな」
シュウは再び、くっくっ、と低く笑った。
***
ランダウ騎士団の起源は、マリアナ政府が崩壊してまもなく、各都市が独自の経済活動を模索するようになってから自然発生した自警団の一つのようなものだった。
大陸に位置する第一市から第五市は、比較的肥沃な農地を領内に持ち、少なくとも飢えることは無かったが、南方のリゾート島に位置する第六市は十分な食糧生産が確保できなかった。
しかし、リゾート建設のための様々な資材や機械類は売るほどあった。政府崩壊初期の大混乱から隔離されていたことがそういったものの保存を助けた。そして、第六市の選択は、そういった都市資源を売って食料を輸入することだったのだ。
大陸の戦乱は激化し、金属や燃料の需要は跳ね上がった。そこを見越して第六市は次々と資源を輸出して糊口をしのいでいたのである。
やがて、そうした資材の輸出と平行して工業化が進み、工業品の生産と輸出も始まった。戦争に巻き込まれない安全な工場は生産性が高く、海路を使うため納期も安定した、低価格で高品質な第六市産工業製品は、勢力を問わず買いつけられるようになった。最後には、食料ばかりか工業生産のための資源も輸入し、製品として輸出する加工貿易都市となっていた。
だが、大陸南部の有象無象の武装勢力は、内陸での山賊行為よりは第六市を中心とした貿易路での海賊行為の方が実入りが多いことに気づいた。
海賊業が一気に隆盛し、第六市からの交易路はずたずたとなった。
そのときに起こったのが、シーレーンを防衛するための自警団としてのランダウ騎士団である。
第六市の正規防衛軍ではなくあくまで私設の自警団を名乗ったのは、第六市が非武装中立であることを取引先の全勢力に示すとともに、惑星を宇宙から領有するマカウ国に対する恭順を表すという一面もあった。第六市は戦乱に参加せず、いずれマカウによる平和的な統治を望んでいたのである。
そして、ランダウ騎士団は、大陸南岸に巣くう海賊集団をひたすらに襲い、その略奪品で生計を立てる海賊専門の海賊となったのだ。
略奪品の大半はランダウ騎士団の運営費用として消えていくが、一部は第六市にも届けられる。その中でもっとも多いのは、『捕虜』である。
武装集団を制圧して捕らえた捕虜たちは、第六市にとってはきわめて貴重な労働力だ。元がリゾート地であるため人口は少なく、平和な時代が長いからと言って急増するものでもない。しかし、大陸の戦乱が求める軍需品の需要はどんどん増え、労働力は不足していた。捕虜たちは第六市の市民として迎えられ、労働に従事しほどほどの給金をもらうのだ。
もちろん、人口を増やす気の長い方法として、略奪してきた配偶者の無い女性に男をあてがって子を産ますという手段もとっている。聞けばひどい人権無視だが、混乱のこの星にあっては、まともな人権が守られている場所などもはや無いであろう。
そう、それが守られていると思っていたディエゴ・デル・ソル大学でさえ、ついに過激派が暴力をかざして権利の制限を宣言したように。