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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第五章 騎士団の戦姫(1)

■第五章 騎士団の戦姫


 広い港町の入り口に差し掛かったあたりから、すでに多数の銃声が聞こえ始めていた。


 その町が武装勢力の根城であることを示すかのように、入り口には物々しいバリケードと物見台があったが、普段は人がいるであろうその付近は完全な無人になっている。

 無理な突入をせず、バリケードを手動で押し開き、五人の乗る偵察車は町に向かって突入した。


 海岸に近い村の南端が戦場となっているらしく、遠くで煙が上がっているのが見える。中央通りを進む道から、偵察車を右折させて小さな路地に入る。いずれの勢力にしろ、政府軍の車両を発見させるのは得策ではないと判断したからだ。

 非戦闘員の多くは、先ほどすれ違った一団のように町の北に向かって散り散りに逃げてしまったようだ。路地の両脇に並ぶ樹脂造の民家に全くひと気は無い。


 外れの農家らしき民家に大きな納屋があるのを見つけ、車を強引に突入させて中に停車する。

 防水カバーや防寒用のわら状資材を引きずり出して偵察車にかぶせ終わると、五人は歩いて外に出た。それぞれ、最低限の武器弾薬と身の回り品を持ち出す。


 正統政府軍のジャケットは車内に脱ぎ捨てていて、ぱっと見には一般人と見分けがつかないが、だからと言って安全とは言えないだろう。今この村では無所属の武装勢力同士が争っている。目に付いたものは非戦闘員だろうと容赦なく攻撃される恐れがある。


 シャーロットの直感に頼って、発見されにくいルートを通り、最前線を覗き見できる埠頭にまで徒歩で進む。

 襲撃勢力は埠頭に接岸させておらず、強襲ホーバークラフトを四隻、砂浜に揚陸させ、そこから内陸に向けて突撃している。埠頭を警備していた防衛側は虚を突かれたようだ。

 海岸近辺の広場と公会館を完全に掌握して、抵抗している防衛勢力と散発的な交戦が続いているようだ。すでに砂浜には多数の捕虜と見られる男女が集められ、周囲を武装兵が取り囲んでいる。ほぼ趨勢は決していると見て間違いない。


「……町を守るなんて言わなくて良かったわね。海賊どころか、ちょっとした軍隊よ。でも、正統政府でも同盟でもミネルヴァでもないわ」


「だったら聞いたことがある。南の島の第六市を根城にしている、ランダウ騎士団とかいう海賊団」


 アユムの言葉に、エッツォが返した。

 ほとんど記憶を持たずミネルヴァのウィザードとして過ごしてきたアユム、セシリア、シャーロットはともかく、アルフレッドさえもそれを知らない。


「なんだいそれは」


「悪名高き海賊団。大陸の南岸を次々と襲っては物資と人間を略奪していくのだそうだ」


「人間も?」


 アユムは思わず眉を上げる。


「僕も詳しくは知らない、けれど、第六市は戦乱が始まる前はリゾート地として開発された都市だからね、土地が肥沃で無い分、人力による工業力で都市を維持するしかない。その都市づくりのための、いわば奴隷集めなのだろうね」


「彼らに頼っていったら、私たちも奴隷ってこと……ですかね?」


「それは無いだろうセシリア、君たちほどの有能な兵士を奴隷にするなんて」


「と言って、奴隷と兵士の二者択一ってのも面白くないわね」


 シャーロットを兵士という身分に戻したくない、という、アユムの言葉はそんな気遣いなのだろう。

 それを感じ取ったアルフレッドも、同じことを考える。いつか、シャーロットが永遠にエクスニューロを外して暮らせる日を。


 だが。


「きつい言い方かもしれないが、君たちウィザードの価値は、戦闘力でしかないと思う、今の時代は。もちろんそれを言ってしまえば、僕なんて補給作業以外の軍務は何も経験していないから、僕こそ奴隷になるしかないのかもしれないが」


 彼らがどこかの勢力に受け入れられるとするなら、最後には何らかの生産性を提供するか、さもなくば、非生産的な戦争技能を提供するしかない、それは事実なのだ。


「アルが奴隷? そんなことはさせやしないわ」


 とアユムが宣言しても、だからと言って彼らの議論には何も資するところが無い。奴隷にならなくとも、やはり戦いの日々が続くかもしれない、という不安に対しては。


 散発的な銃撃戦の音の間隔が開いていく。

 まもなく戦闘は終わり、ランダウ騎士団(と見られる襲撃集団)は収穫に満足すれば去っていくだろう。

 考えているうちに彼らの目の前から一つの選択肢が失われる。その選択肢が幸か不幸かにかかわらず。


「こう考えたらどうだろう」


 アルフレッドが沈黙を破る。


「僕らは彼らを利用する。彼らがランダウ騎士団なら、第六市を拠点とし海上を自由に移動できる機動力は、僕らの新天地を見つけるために利用できると思う。この戦いを見るに、彼らは海の上でなら無敵なんだろう? 僕らが出張らなければならない戦いは少ないだろう、それこそ、正規軍が相手でもなければ」


「それほどの騎士団が、私たちの武力を必要とするかしら? 矛盾ね」


「いいや、君たちはたった四人で、おそらく数百の一般兵士に相当する力を持ってる。彼らは遠い第六市を拠点としているわけだから、兵站は重要な課題だろう。遊撃的な略奪はできても正規の戦闘には耐えられまい。兵站にかかるストレスの低いウィザードは、彼らにとっては喉から手が出るほど欲しい存在に違いない」


「なるほど、相手を圧倒できる略奪任務では僕らの力は要らないが、万一政府軍などとの正規の戦闘となった場合には、そういうわけだね」


 エッツォが得心顔でうなずきながら言うと、アルフレッドも同じようにうなずいた。


「アルフレッド、だったら、ぜひ君にマネージャーをお願いしたい。僕ら四人の売り込みを、だ」


「僕が!?」


 エッツォの突然の依頼に、アルフレッドは驚きのけぞる。


「君は補給程度の能しかないと言ったがね、むしろ、海賊団である彼らにはその能力こそ不足していると思う。君はその重要性を説き、さっきの宣伝文句で僕らを彼らに売り込めると思うんだ」


「私もそう思うわ、お願いできるかしら、アル」


 アユムも彼に同調した。


「でも僕は……」


 アルフレッドが何かを言いかけるが、


「あなたが適任です、アル」


 最後にそう言ったのは、抑揚の少ない口調で無謬の直感を言葉にするシャーロットだ。

 そして彼は吐きかけた言葉を飲み込み、ようやくその任務を引き受ける気になったのだった。


***


 その辺のゴミ屑を拾って白旗をつくり、海岸近くの襲撃団に見えるように振るうと、やがて襲撃団の中から数名が散開して注意深くアルフレッドらに近づいてきた。

 用心させないよう両手を掲げながら、旗を振ってその一団の到着を待つ。やがてその一団がアルフレッドら五名を認め、武器を預かるのと引き換えに、彼らを海岸の本隊近くへ導いた。


 遠くから見えていた捕虜の一団は、周りを武装兵に囲まれて座り込んでいる。ざっと百人はいるようだ。そのそばに小さなテントが建てられていて、敵味方問わず負傷者の手当てが行われている。すでに死亡した者が包まれていると見られる防水シートが、十数個、その脇に並べられている。

 五人の身柄は、そんな捕虜たちの一画に加えられた。

 彼らは結局、二時間近く、そんな状態で放置された。


 その間に、散発的に続いていた戦闘はようやく解決に向かい、たくさんの兵が町中から物資を略奪して砂浜に並べつつあった。隠してあった偵察車が見つかるかと思っていたが、それが砂浜に引きずられてくることは無かった。もともと高度なセキュリティがかかっている車両なので、専門家がいなければロック解除もできないし、牽引するための重機も無いため、見つかったとしても放置されたのだろう。


 そういった一連の作業・処理が終わって、ようやく、アルフレッドたちの前に責任者と見られる男が現れた。

 無造作にひげをたくわえた、筋骨たくましい巨漢である。袖なしの汚れた白シャツと軍服の成れの果てらしいつぎはぎだらけの迷彩模様ズボン、軍用ブーツ。左腕上部に大きな傷が目立つ。三名のボディガードを連れている。


「責任者のシュウ・ジャネスだ。君たちの責任者は?」


 彼が右手を差し出し、押されるようにして立ち上がったアルフレッドがその手をとった。


「僕はアルフレッド・レムス。僕らの身柄を任せたいと思っています」


 握手はもう十分だろう、と思ったが、シュウはアルフレッドの右手を離さなかった。


「斥候の報告は聞いているが、君たちは傭兵か。このランダウ騎士団に武力を売り込みたいと?」


 彼の口から、予想通りの単語が出てくる。


 ランダウ騎士団。

 大陸南岸を闊歩する冷酷なる略奪団。


「言っておくが、俺らの武力は正規軍にも引けを取らんぞ。そんなところで、おめえらのような細身の女か女みたいな男が役に立つとは思えんがな。アルフレッド、お前は多少鍛えているようだが」


「役に立つかどうかは彼らの力を見てからでも遅くないでしょう」


「では見せてもらおうか」


 言ったと思ったときには、アルフレッドの右腕はひねり上げられていた。巨漢に似合わぬ見事な早業だ。


 だが体術成績トップランカーだったアルフレッドにも意地がある。悲鳴を上げる関節を筋力で黙らせ、自らの体をひねって抵抗し、シュウの腕を引き摺り下ろす。

 腕を引き、抵抗を感じた瞬間に伸びきった腕を押してバランスを崩そうとする。その瞬間に軸足を刈れば、勝負はつく。

 と思ったが、シュウはアルフレッドが考えていたよりもはるかに大きな余裕を肘関節に蓄えていて、彼の突き押しを軽くいなし、さらに、ローキックを繰り出すための体重移動を逆用してひねり倒した。アルフレッドは背中を強くたたきつけられてうめき声を上げる。


 握っていた右手をようやく放し、シュウはアルフレッドを見下ろす。


「……不合格だ。せいぜい労働者として第六市あたりに売り込んでやる」


「待ってくれ……待ってください、彼女らはこんなもんじゃない」


「だろうな、女には女の使い道がある。おい、連れて行け」


 シュウが命じると、三名の部下は顔のにやけを隠そうともせずに、三名の女性に手を伸ばした。最初からそのつもりで、同じ数の部下を連れてきたのか。


「……ロッティ、ひねり倒せ!」


 倒れたまま、アルフレッドは叫んだ。

 彼の『命令』を理解したシャーロットはすばやく反応する。


「は!? この俺をひねりたおっ……!?」


 シャーロットの正面にいた男は一瞬で地に伏していた。何をどうしたのかさえ誰も理解できない。


 そして、次の動きはアルフレッドにもかろうじて見て取れた。


 一瞬で二人目の男に近づき、男の伸ばした手をかいくぐって密着し、両足のアキレス腱にすばやくかかとによる蹴りを叩き込むと同時に突き上げる手刀が喉ぼとけを叩き潰す。きゅっ、という悲鳴ともつかぬ音を立ててのけぞる男の重心をわずかな突きで不安定点に移動させ、地面に仰臥させてしまったかと思うと、さらにみぞおちに鋭い一撃を入れて呼吸の自由を奪ってしまう。

 最後の男には正面から向き合い、間合いを詰めて攻撃を誘う。最小限の動きで数回のジャブをかわしながらさらに間合いを狭める。あせった男が掴みかかろうとした瞬間、その重心移動を見逃さなかったシャーロットが引き倒すようにしてあっけなく男を地面に転がした。

 最後の男にも抵抗を奪う一撃をくれると、彼女はゆっくりとシュウとアルフレッドのそばに歩み寄り、シュウを無視してアルフレッドを引き起こした。


「……面白い」


 シュウがにやりと笑う。両腕を上げて構えを取る。


「……アル、彼はとても強い、戦えません」


 シャーロットが意外なことを言う。


「勝てないのか」


「いいえ、怪我をさせてしまいます」


 怪我をさせるレベルのダメージを与えなければ動きを止められないほど強い、そういう意味だとアルフレッドはすぐに悟った。


 だが、シュウは当然ながら、これを挑発ととらえる。


「この俺に怪我をだと? 面白い冗談だ」


 盛り上がった筋肉に包まれた太い腕からは想像もつかないほどの速さで繰り出されたストレートの突きを、シャーロットは首を傾げるだけでかわす。


「アル、彼の説得を」


「……とのことだけど、シュウさん、どうします」


「降伏と言うならよかろう、ただし、おめえら五人は戦利品として好きにさせてもらう、もちろん女は女なりに、な」


 シュウはもはや、目の前の傭兵志願者の実力を測るという目的を忘れ、純粋に戦闘を楽しもうとしていた。だからこそ、あえて挑発的な物言いをしてみせるのだ。


 そしてアルフレッドは、彼の挑発に見事にかかる。


 ロッティをもてあそぶだと?

 馬鹿も休み休み言え。

 お前らなどに、ロッティを渡してなるものか。

 お前ごときがロッティにかなうとでも思うのか。


「ロッティ、オーダーだ。彼を倒せ」


「了解、アル」


 目にもとまらぬとはこのことだろう。シャーロットは瞬時にシュウの左側面に回りこんだ。

 シュウはあわてて左に体を回し、太い腕から強烈な右フックを繰り出す。シャーロットがかがんでそれを避けると、バランスが崩れるのも構わずにシュウは筋力に物を言わせて右からの低い回し蹴り。

 回し蹴りはシャーロットの細い体を捉え、シャーロットの体は二メートルも吹き飛ぶ。セシリアが思わず小さな悲鳴を上げる。


 しかし、シャーロットは腕をばねのようにしならせて蹴りの威力を受け止め、自ら飛ぶことで打ち消していた。吹き飛ばされたのではなく、サイドステップでかわしたのだ。


 全く乱れぬ足取りで立つと、再びシュウの左側面に回りこむ。

 その瞬間、シュウは足元にあった拳大の石を拾って、抜群のコントロールでシャーロットの眉間に向けて投げつけていた。

 先ほどと同じく、突き、蹴りの連続攻撃を予期していたシャーロットはそれで意表を突かれるはずだった。


 だが、彼女はひるむどころか、投げつけた石に向かってまっすぐに突進した。スローモーションで見れば、左手で優しく石をなでたようにしか見えないだろう無駄の無い動作で石の軌道を激突コースからずらし、彼女自身はただまっすぐにシュウに向かって突進する。


 余りにすばやいその動きにシュウがガード体勢を固めたとき、すでにシャーロットの鋭い上段蹴りが彼の左肩に迫っていた。

 そして、ガードの上から肩を襲う。


 パチン、という小さな音が響く。


 とたんに、シュウは苦悶の表情で倒れこんだ。


 シャーロットは、倒れたシュウを前にして、それでもさっと間合いを取って戦闘継続の意思を見せる。

 くそっ、と小さく呻きながら、シュウは脂汗を額に浮かべて立ち上がる。見ると、左腕はだらりと垂れ下がっている。


 あそこに彼の何らかの弱点があったのだ、アルフレッドにはそうとしか思えなかった。

 その弱点を的確に突き、今やシュウはほぼ戦闘不能だ。この僕でさえ倒せるだろう、と考える。


 無様なシュウを見て、頭に上った血がゆっくりと下りていくのを感じる。


 こんなもの弱い者いじめだ。

 もう、戦いは終わりだ。


 だが、シャーロットはそうは考えなかった。


 立ち上がったシュウを見るや、左拳の攻撃でけん制し、シュウの意識を瞬間だけ右に誘導してから再び右上段回し蹴りを放つ。それはあやまたずシュウの左腕を捉え、さっきよりも大きな破砕音を響かせる。倒れるシュウ。


 それでも彼はあきらめようとしない。再び立ち上がろうとする。

 さすがに見ていられないアルフレッドは、思わず飛び出す。


「ロッティ! もういい、もう十分だ、終わりだ」


「まだだ!」


 アルフレッドの戦闘終了の命令に対し、反論したのはシュウだった。


「まだ実力の一割も出していねえだろう! 本気で来い!」


「やめてください、もう勝負はついています、今なら僕でもシュウさんに勝てます」


 アルフレッドは言いながら、シュウに近づき、左肩を掴む。シュウは悲鳴を上げて片膝を着く。


「いいな、ロッティ、終わりだ」


「分かりました、アル」


 シャーロットが構えを解いたのを確認して、アルフレッドはうなずいた。



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