第四章 殺人鬼(4)
正統政府軍による追跡を恐れて、しばらく交代で睡眠や食事をとりながら走り続けた。燃料補給さえ走行しながら行った。
昔はこの惑星でも航空機が使われていた時代もあったらしいが、戦乱が始まりマカウが領有宣言をしてからは、航空機だけはマカウ国の許可なしに飛ばすことはできなくなっていた。
そのことは、彼らの逃亡に幸いした。
航空機で広範囲を捜索されれば、海沿いを走る彼らはあっという間に発見されていただろう。
マカウ国の飛行禁止策にこのときばかりは彼らも感謝したものだ。
第三市、ミネルヴァの領域までの半ばあたり、ちょうど第二市の南に、目標とする港町がある。
彼らの偵察車は、もはやその目前にまで迫っていた。
残り二キロメートルという距離からでも、その町に人の気配があることが手に取るように分かった。整備された柵、破れていない屋根、干された衣類。人がいなければ決して見られない生活の痕跡だ。
それよりも人の存在をはっきりとさせるものが、早くから見えていた。その町から数人の集団が歩いてくるのだ。彼らの走る道を逆走する形で。
あっという間に彼らとすれ違う。
その時、彼らが激しく手を振っていることに気が付いた。
運転していたアユムが車を止め、窓を開ける。
「政府軍の方ですよね! 町に海賊が!」
先頭を率いていた女性が開口一番に叫んだ。
言われて、自分たちがマリアナ正統政府軍の偵察車に乗り、政府軍の装備一式を身に着けていることに気が付く。
「町の自警団で守っていますが、どうか助けてください!」
「分かりました、落ち着いて、できるだけ町から離れて」
アユムはそう答え、再び車を走らせる。
「どうするんだい、町を助けるのかい?」
後部座席で話を聞いていたアルフレッドが身を乗り出して問う。
「どうでしょうね。平和な港町を襲う海賊、っていうならちょっとした義侠心を出しもするでしょうけど。戦ってるってことは彼らも武力を持ってるってことでしょう? 政府に頼らずに。辺境の武装集団、言ってみれば、この町そのものが海賊の根城よ。海賊同士の潰しあい。放っておいても」
「あるいは」
助手席のエッツォが口を出す。
「優勢な方に加勢して恩を売ってはどうだろうね。僕らの当面の目的は安全な潜伏先だ。食料を差し出してかくまってもらおうと思っていたけれど、ちょっとした加勢の見返りでそれが得られるならそれに越したことは無いさ」
案外無情で狡猾なことを言うものだな、とアルフレッドは思うが、確かに彼らの言い分ももっともだ。そもそも数多くの人を傷つけて生き延びてきた自分たちなのだから。
「ロッティ、どう思う?」
アユムはルームミラーに映るシャーロットに視線を向ける。
「状況分析から襲撃勢力の大幅な優勢が想定される。港町の防衛は高リスクです」
シャーロットは淡々とした口調で答える。
「では避けて通る? それとも、襲撃側に接触してみる?」
「回避が妥当です」
「いや、僕は接触してみるのがいいと思う」
回避を選択したシャーロットに対して、アルフレッドが反論した。
「ここをやり過ごして、次に僕らが潜伏できる場所があるかどうか分からない。その上、沿岸の武装勢力を圧倒できるほどの海賊勢力、僕らに安全な潜伏場所を提供してくれる可能性が高いと思う」
「見返りは僕らの武力、そういうわけだね」
エッツォが補足する。アルフレッドもうなずく。
「だめでもともと、いざとなれば逃げ出すのだけは私たちの得意技ですものね、いいわ、接触してみましょう」
とアユムはにっこりと笑い顔を作って見せた。
「でも、私たちも略奪に借り出されるんですよね……その、また、戦うってこと……ですよね」
セシリアの声は小さく震えている。エクスニューロを外したシャーロットの分まで怯えようとでもしているかのようだ。
「そうだ。死なずに済むんなら、戦おう。目的も知らずに言われるままに人を殺すんじゃなくて、僕らが生き延びて、いつか平穏に暮らせる日を迎えるために」
アルフレッドがセシリアの瞳を見据えてうなずいて見せると、ようやく彼女もその決心がついたか、少し微笑んで小さくうなずき返した。