第四章 殺人鬼(3)
ウィザード四人は格納庫を襲撃した。
歩哨はあっけなく倒れ、シャーロットがパスコードを入力すると扉もあっさりと開いた。
内側には補給車も兼ねた偵察車両があり、同じくロックを解除して奪い取り、載せられるだけの武器、弾薬、燃料、食糧などの物資を載せて基地を飛び出した。
制止の声を上げながら銃を向ける警備員たちは、セシリアが正確に狙撃して倒す。敵から放たれた弾丸は、シャーロットがタイミングよく投げたタイル片に当たって叩き落された。それはもはや魔法を見ているようだった。彼らがウィザードと呼ばれるゆえんを、改めてアルフレッドは理解した。
最後に、セシリアの狙撃が金網ゲートを閉じている鎖の輪の一つを射抜き、車両はゲートを左右に弾き飛ばしながら真っ暗な荒野に向けて飛び出した。
後ろから何度か、銃声が聞こえたが、結局、弾丸が彼らの元に届くことは無かった。
エッツォのナビゲーションでアユムが運転する車両はあっという間に基地から離れ、真っ暗闇を灯火無しで突き進む。おそらく高所からの偵察でも見つけるのは困難だ。
エクスニューロで知覚を鋭くしているエッツォとアユムにとっては、すべての照明を消していることなど何の問題も無いようだ。
セシリアとシャーロットが後ろを引き続き警戒するが、追っ手は来ない。
アルフレッドは、自分にできること、すなわち、補給物資の点検を引き受けた。
食糧は少なくとも一カ月は五人が食べていけるだけはある。
武器は、拳銃が八丁に突撃銃が四、サブマシンガン二、狙撃銃が一、軍用ナイフが十五本。弾薬は百ダースほどはあるように見えるが、あまり大規模な戦闘を戦えるほどの数ではない。敵になりそうなものを発見したら逃げるのが無難だろうな、と一人思う。
道なき道を進むため、車は激しく揺れた。
ともかく、明くる朝から始まるであろう捜索の範囲からできるだけ離れる必要がある。
おそらく、第二市南部の海岸沿いには、まだ独立した集落があるだろう。
その近辺に逃げ込み、敵ではないことを示して潜り込むよりほかないだろう、と、エッツォはナビゲーションをしながら言う。
食料などの物資を供与すれば、当面は匿ってもらえるだろう。
そんな集落に心当たりはあるのか、とアルフレッドが訊くと、エッツォは肩をすくめて首を振っただけだった。当然だろう。ウィザードとして新連盟と戦うばかりの生活から、ようやく抜け出して新しい世界を見始めたばかりなのだから。
ともかく南進し、海岸にまで出たら東に進もう、と決まった。
海岸近くにはおそらく漁村がいくつかあるだろうし、そのまま進んで大河を突破しミネルヴァの領域にまで達すれば、少なくとも正統政府による捜索の手は伸びないだろう。
当のミネルヴァも、新連盟との戦争に忙しく、周辺の独立領域にまで手が出ない状況だから、おそらく、第三市の南部独立地域がこの星では最も安全な場所のはずだ。
東の空がうっすらと白み始める。
途中で深い森に行き当たり、大きく右に迂回しながらさらに南に向かうと、やがて広い砂丘に差し掛かった。
斥候用に悪路走破性能を特に強化された車両はその砂丘を力強く走破し、そして乗り越えた。
その先に、薄明りに照らされアルフレッドの視力でも判別できる、海岸線があった。
***
明け方前に仮眠をとったアルフレッドがアユムと交代して運転を始めた。同じく仮眠をとっていたセシリアがナビゲーターとなる。
砂浜の海岸まで一度車を出し、それから少し戻ってから古い未舗装の沿岸道路を東に向かって走り始める。
間もなく、水平線から日が昇り始める。
地球で見る太陽よりも見かけは大きく赤みがかったマリアナの太陽だが、もちろん、アルフレッドたちは、そんな違いに気付くことはない。
その太陽を正面にとらえる形となると、フロントガラスは自動的に遮光機能が働き、太陽がまぶしくなく、かつ、地形は見えるように調整される。
奪ったのが偵察車両だったことが幸いし、ダッシュボードには古いが正確なマリアナ大陸全土の地形図があった。
古い地形図によれば、まっすぐ百キロメートルも進めば、港町があるらしい。もちろん、戦乱が起こる前の情報だから、今でも港町なのか、武装勢力の根城になっているか、あるいは滅んでいるか、分からない。
しかし、ともかくこれが今は唯一の逃亡先候補だ。アユムたちとも相談して、まずはそこに向かうことに決めていた。
ハイブリッド燃料はまだ十分にある。そこがだめでも、ミネルヴァ勢力圏内に逃げ込むくらいは大丈夫だろう。
古い道の両側は延々と荒地だ。
昔は、内陸側で農業がおこなわれていた形跡がある。
しかし、第二市から離れた領域では、戦乱の勃発後、略奪を恐れて農民は逃げ去ってしまった。
「もったいないな」
ぼそりと、アルフレッドはつぶやいた。
「え、何がですか?」
セシリアが首をかしげる。
「この辺は、ちゃんと管理すればたくさんの食糧を作れる。これが放置されているのは、惑星にとっての損失だ」
アルフレッドが顎で指した先を、セシリアはじっと眺める。そこに、アルフレッドが見たものと同じものを見出す。
「農地……だったんですね、昔は」
「戦争が終われば」
「どうして終わらないんでしょうね」
「分からない」
「どうして、私たちは戦う意味を考えてなかったんでしょうね」
窓から目を離して、セシリアはうつむく。
「僕は考えていた。……つもりだった。人間にとって最も尊いものは知恵と好奇心だと。それを否定する野蛮な連中から、尊いものを守るんだと」
アルフレッドは、ふう、と息を吐き出す。
「戦っていたのは君たちだった。僕は、安全なところで理想を語っていただけだった」
「それを言うなら、私は、戦うのをやめるっていう選択がいつでもできたんです。でも……私はやめなかった。たくさんの人を殺しました」
助手席の脇に立ててある狙撃銃に、セシリアは手をやる。
「あれから考えました。シャーロットさんは、罪のない人を殺した、って、あんな風に……でも、それは私も同じです。産着を着た赤ちゃんと、突撃銃を持った兵士と、何が違うんだろう、って。どちらも、命を奪うことは同じです」
「だが、自分の身を守ることは別だ」
「私の命だって同じじゃないですか。どうして私が生きるために他人を殺していいってことになるんですか。……私をずっと助けてくれたアユムさんやシャーロットさんやエッツォさんを守りたいから、私はこうして銃を持てます。でも……」
「それでも。君の命と他の命は、僕にとっては同じものだと思わない。君と知らない兵士のどちらかを殺さなければならなくなれば、僕は君を守るだろう。だから、僕は君に君自身を守って欲しいと思う」
彼の言葉を黙って聞いていたセシリアは、しばらくうつむいて黙っていたが、やがて小さくうなずいた。
「……そうですね。私をあの戦争から救い出してくれたのは、アルフレッドさんでした。あなたが私に死んで欲しくないと思ってくれている間は……がんばります」
アルフレッドは正面から視線を外さずにうなずいた。
「死んでもいいなんて思うな。ロッティも、自分を殺したいという衝動を抑えて、僕らを助けに来た。僕らがみんないなくなって君一人になったら好きにすればいい。でも、今は、まだ」
「ええ、シャーロットさんのためにも。これでみんなを守れる間は」
そう言いながら、セシリアはもう一度、狙撃銃の銃身に触れた。
車は、すっかり明るくなった海岸沿いの道を進み、小さな峠を乗り越える。
「……僕を、恨んでるだろう」
アルフレッドがつぶやく。
「ど、どうしてですか?」
面食らったような表情でアルフレッドを見つめるセシリア。
「僕が脱走を勧めたりしなければ、手伝ったりしなければ、こんな危険な場所にいることも無かっただろうから」
彼の言葉に、セシリアはほのかに微笑んだ。
「いいえ。私は、アルフレッドさんに助けてもらって、感謝しています。ずっと、何も知らず、何も感じずに人を殺し続けていたんです。それがどれだけ異常なことなのか、気付かせてくれたんですもの」
「それだったら僕だって同じだ。いつか人を殺すために戦場に出て、殺されて終わる。それだけの人生だと思ってた」
「……だったら、本当に感謝しないといけないのは、シャーロットさんですね。殺すことと殺されることの怖さを教えてくれた」
「……そうだな」
あの儚い笑顔を思い出し、アルフレッドはうなずく。
「僕に何かあっても、彼女のことは頼む」
「はい、任せておいてください。でも、それまではアルフレッドさんが守ってあげてくださいね」
「はは、僕は守られるほうだ」
「そんなことは無いです。アルフレッドさんと会ってからのシャーロットさんはとても……安心してて、楽しそうでしたもん」
そんな風に言われて悪い気もしないアルフレッドだが、そうかな、と語尾を濁すようにつぶやいただけだった。