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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第三章 掃討作戦(3)

 消灯時間が過ぎ、毛布を被る。

 彼らしくもなく、アルフレッドは頭から毛布を被った。

 誰にも邪魔されたくなかった。


 ――結局は、戦うのだ。

 この惑星上にいる限り、いずれは戦うのだ。

 ただ、誰のために、何のために、それがすげ変わっただけだ。


 人間の好奇心と探究心こそ代えがたい人類の至宝と信じ、それを司る研究と学問の地を守る。

 今思い出しても、悪くない感覚だ。

 けれど、僕らが守っていたものは何だ。


 エクスニューロとかいう非情な戦闘機械を生み出す研究者。

 つまらぬ派閥争いで無用な暴力を振るう蒙昧な学生。


 命を懸けてまで守る価値があるだろうか。

 それよりも。


 すべての人が、二度と殺し合いをしないで済む平和な惑星を得る戦いのほうが、どれほど価値があるか。


 こんなに簡単に転向してしまうなんて、流されやすい性格だな、とは自覚する。


 けれど、まず平和を。

 人々に平穏な生活を。

 そして、我が惑星マリアナに、再び学究の火を灯せばいい。


 地上に張り付いている必要さえない。

 誰もがいずれ宇宙に飛び出して、よりすばらしい研究の地を求めることさえできるようになるのだ。

 もしかすると、人類の知恵の聖地、『地球』で学ぶことだって可能かもしれない。


 ミネルヴァが、この宇宙に比べればあまりにちっぽけなディエゴ・デル・ソル大学を必死で守っていることを考えるとき、嘲りの感情が伴いつつあることを感じる。

 あんなところで、ただ戦死するのを待つ人生と決め付けていたなんて、僕は馬鹿だな。


 過去の自分への嘲りも添えて、大きなため息をついた。


「まだ、悩んでいるのかい」


 その吐息を聞きつけて、エッツォが言葉をかける。


「いや。過去の僕は何をやっていたんだろうと思ってな」


「ふふん、すっかり転向者ってわけか」


 たった一言でアルフレッドの心中を察するエッツォに、少しだけ薄気味悪さを感じる。そういえば、年齢さえ知らないではないか。


「そういう君はどうなんだ、隊長の目には一番の忠誠者に映ってるだろう」


 侮蔑を込めたくはなかったが、語気は嫌味の色を含んでしまった。


「僕はどこに行こうとも、自分を高く売りつけるだけさ。僕らウィザードの能力を彼が高く買ってくれるなら、その期待に最低限は応える、それだけだよ」


「信念は無いのかい」


「無くもないけれどね、邪魔なら捨てても構わない、と思う程度のものさ」


「それは、何のために?」


「さて、それこそ信念ってやつだ。僕はね、ともかく、生き残りたいんだ。英雄とあがめられなくてもいい、何十年もしぶとく生き残り、最後は、真っ白なカーテンに囲まれた清潔な病室で家族だの親戚だのに囲まれてね」


 清潔な病室で大家族に囲まれての死。


 考えもしなかったイメージが彼の口から出てきた。

 ミネルヴァで生まれて育って、そんな情景を想像力豊かに脳内に展開できるものがどれほどいるだろうか。

 彼は、芸術家になるべきだったのかもしれない。


「つまり、君は、生き残るために忠臣を演じる。そういうわけか」


「見事な要約だ」


 闇の中でエッツォがうなずいた気配がした。


「そして転向者の君は、いつか来る平穏な生活のために戦う」


 逆に見事に言い当てられて、アルフレッドは思わず小さく舌打ちする。


「平穏な生活、そのそばにはきっとシャーロットがいる、そういうわけだね」


「そうと決めたわけじゃないが」


 リビングを飾る花。

 食卓に並ぶいくつもの料理。

 向かいに、儚げに笑うシャーロット。


 アルフレッドの精一杯のイマジネーション。


 悪くない、とは思う。

 でもまだ早すぎる。

 せめて、イマジネーションの中のリビングに飾る花々の名くらいリストアップできるほどには、いろいろなことを知らねばならない。


 彼は、まだなにも知らない。


「ともかく、君が戦う理由は、僕としては納得した。それだけだ」


「そうか、だったら、戦友としてよろしく」


「僕がウィザードの万分の一でも活躍できるなら」


「ウィザードでない君が仲間だからこそ心強いときもあるんだよ。それは忘れないで欲しい」


 彼の最後の言葉が社交辞令か本心か、結局アルフレッドには計りかね、言葉面の心地よさをかみしめるうちに、彼は眠りに落ちた。


***


 翌日は、屋外で訓練と装備点検に参加した。


 訓練では早速、ウィザード特有の戦闘能力を味方に披露し、拍手喝采を浴びた。

 単純な力ではなく技とスピードとその正確さだ、と見抜いた一人の腕に覚えのある兵が一騎打ちを申し込み、一番体の小さなアユムがあえてそれを受けた。

 拳を作らず軽く前に構えただけのその男は、一気に飛びかかろうとせず、じりじりとアユムとの間合いを詰めた。


 おそらくアユムの視界には、飛び掛れば先手を取れるエリアが、点線で描かれた円なのか色の違う空間なのかの形で見えているだろう。だが彼女が動かないことは、相手がどうしてもその円の内側に踏み込まないことを示していた。


 男が一瞬、その円内に入る。目にも止まらぬ動きでアユムの下肢が弾け、相手の片腕を取ろうとする。しかし、それは誘いの罠で、男は円内に入ったと見せかけてすでに円外に重心を持っていた。


 後の先を取る形で、突き出されたアユムの右手首を左手ですばやく掴む。それを無理やり引き寄せるではなく、むしろ、アユムの体の持つ運動量ベクトルの方向へ押す。


 制動を掛け損なったアユムの右足が一瞬地面から離れ、その隙を突いて、男は左足でアユムの軸足を打つ。

 と思った瞬間、その男の左足の動きを知っていたかのように、左足を蹴ってアユムは空中を飛んでいた。


 そして、わずかに見えた、アユムの右手を掴む男の左腕の付け根の隙に、軽い蹴りを叩き込み、一瞬緩んだ男の右腕の拘束から前転しながら抜け出す。

 男があわてて立ち上がったアユムに突きを繰り出すと、そこにもうアユムの頭部は無く、その瞬間、男は、自分が誤ったことに気付いた。

 突き出したはずの右腕はいつの間にかねじり取られ、自らの突進の勢いで自らの背を激しく打ち、息が詰まったところで、敗北を認めた。


 エクスニューロによる超越的な動きが成したものとは言え、少なくとも筋肉と関節自由度は人間のそれであるわけで、見学者にとっては大いに勉強になったようだ。


 続けて射撃の訓練では、ウィザード四人のために用意された的は、一度も交換することなく役を終えた。すべての弾丸が、一番最初に中心に開けた穴を通るからである。


 一方、花形ウィザードの付き人としてのアルフレッドは、体術では一般兵相手に二勝九敗のひどい成績を残し、拳銃射撃では、二十発の弾丸のうち二十メートル先の二十センチの的に当たったのはたった一発だった。


 夕刻、彼らが入浴後の自由時間に疲れた体を休めていると、まもなく全体呼び出しがあり、次の作戦が二日後にあること、明日夜に出撃前ブリーフィングが持たれること、が、中隊長から直に言い伝えられた。


***


 手入れの行き届いていない雑木林の中に、かろうじて人が通れる道がある。

 これが、今回制圧予定の武装勢力の村へと続く道だ。


 位置は、第一市北東部。


 ウィザードであるセシリアともう一人の斥候が先に行き、この入り口を見張る歩哨がいないかを確認しながら進む。

 武装勢力は、何度も、第一市、第二市の北部の農村に対する略奪行為を行ってきた、盗賊みたいな連中らしい。

 全員逮捕が理想だが、銃で武装している以上、射殺もやむなしと通達されている。


 武装勢力の村までのその細い道のちょうど中間点、ここが、最初の行軍目標だ。狙撃銃を肩に掛けて待っていたセシリアと斥候も合流する。

 ここで二手に別れ、今度は道のない山中をゆっくりと進んで、村の両側から奇襲をかける作戦だ。

 ウィザード部隊は、その他の中隊直属部隊とともに、中隊長の命令領域内をついて行く。


 煙を出さずに摂れる糧食で休憩を取り、仮眠を取ってから、再び行軍を開始する。

 夕刻、もう日は沈んでいる。


 手入れのされてない山中の行軍は遅々として進まないが、この分なら、ちょうど夜半に村の見える位置に出ることができるだろう。

 夜襲開始は、きっちり、一時と決めてある。


 中隊総数約百五十、半分に分けてそれぞれ七十から八十だが、それが両側から攻めかかれば、非正規軍隊の山賊など、ひとたまりもあるまい。

 そのとき、ウィザードがどのように手柄を立てるか。今後彼らの待遇を決める、重要な一戦となろう。実のところイバン中隊長ははっきりとこの戦いが最初の俸給を決めるだろうと口にさえした。


 村の小さな明かりが見えてくる。

 略奪で得られるわずかな燃料から得られる電力は微々たる物なのだろう、深夜に明かりがついているのは一箇所だけだ。


 その一箇所は、村の入り口を照らしている。

 不正な侵入者への対策だ。

 暗くて見えなくなっているどこかに、歩哨がいるだろう。


 作戦位置まで音を立てないように移動する。


 零時五十一分。作戦開始まで九分。

 ウィザード部隊は、手に持った銃のカートリッジとその予備を再確認する。可動部を一通り手動で動かし、引っ掛かりの無いことを確認する。

 アルフレッドも真似をして確認するが、自分が撃つ銃弾が相手に命中するところを全く想像できない。


 その音が止むと、村の脇の山中は再び完全な静穏となった。


 この作戦では、あえてウィザード部隊を前面に出す、とのことだった。

 ウィザードの性能評価の側面が強い。

 彼らにとっては、ウィザードがそれだけの性能を持っているのなら、中隊に被害を出さずに制圧できるし、もしそうでなくウィザードが返り討ちに遭うようなら、もともと過大評価に過ぎなかった、そう結論するつもりなのだろう。


 その意図をアルフレッドは正しく受け止めていたが、不思議と、あの四人が山賊ごときにかすり傷でも負うような気がしなかった。


 五十九分。

 あと一分で作戦開始だ。

 村は相変わらず静かだ。


 ゆっくりと時計の針が進む。

 そして、その時刻を指した。


「作戦開始!」


 イバン隊長が号令を下すと、ウィザード部隊は一斉に飛び出した。

 そして、見えてもいないひどい足場をぴょんぴょんと華麗に駆け下りていく。


 アルフレッドはそのあとについていくのが精一杯、どころか、何度も足場の無い草地に足を取られてどんどん置いていかれた。それは、後ろの一般兵も同じだった。

 確かにこれだけ足場が悪ければ、周囲の斜面の警備はゆるいだろう、と納得する。


 しかし、これではウィザードたちが極端に突出するだろう。


 歩哨が音に気がつき、大声で叫んだ。


 気付かれたと分かった四人は、一斉に銃に取り付けたサーチライトを点灯させ、敵地を光の中にあぶりだす。

 いくつもの三角屋根の粗末な小屋が並んでいる。三十近くはあるだろうか。確かに、村と言っていい規模だ。

 それぞれの小屋に一斉に明かりがつき、いくつかからはすぐに銃を持った男が飛び出してきた。


 銃口がこちらを向いているのに気付いたアルフレッドは思わず頭を下げる。

 とたんに、闇の中にオレンジの弾丸の飛跡が連続して飛ぶ。夜間戦闘用の曳光機能つき弾のようだ。


 ウィザードたちは一旦立ち止まっている。

 オレンジの光とその間に混じる見えない弾丸を、わずかな動きで避けながら、正確に銃を構えている。


「射撃許可を」


 その声は、シャーロットのものだった。

 ようやく地声で命令の届く位置にたどり着いていたイバンは、すぐに応えた。


「敵全員、火器で武装、抵抗の意思強しと判断、発砲を許可する! 徹底的に無力化せよ!」


 その声が向こうに届いたとたん、合わせて四つの光が破裂音とともに生じ、その先に立っていた男をいとも容易く倒していた。

 さらに、サーチライトで別の男を照らし、照準を合わせ、撃ち倒す。


 彼らも馬鹿ではない、突っ立っていては的だと気付き、すぐに障害物に隠れる。

 襲撃に備えたバリケードのようなものさえ用意している。


 その影から伸びてくる無数のオレンジの弾筋をこれまた最小限の動きでひらひらとかわしながら、四人はさらに敵に肉薄していく。


 駆けるアユムが、突撃銃で物陰の男が突き出していたサブマシンガンを見事に撃ち落とす。

 シャーロットは正面から突っ込み、バリケードを跳躍で飛び越えて、背後から隠れていた三人を撃ち倒す。

 エッツォは比較的弾幕の薄い左翼へと回り込み、障害物から体を不用意に出す敵を一人ずつ倒していく。

 セシリアはシャーロットが突進で弾幕を引き付けているのを見て、手ごろな凹地に伏せ、狙撃銃を構える。何度か火線が銃口から伸び、大きなテーブルに隠れている敵を、テーブルのわずかな板の継ぎ目から狙い撃って倒す。


 ほぼセシリアの横にいたアルフレッドは、全く見事なものだ、と、惚れ惚れとしてその様を見ている。

 そして、敵の銃口のすべてをウィザードがひきつけているのに気付き、立ち上がって、自らも一気に間合いを詰める。

 そのようなことをイバンは期待していないだろうが、なんと言うか、ウィザード部隊のマネージャーとしての見所くらいは見せておきたいところなのだ。


 ついに敵方から、逃げろ、と叫ぶ声が出た。

 もはやかなわぬと観念しただろう。


「絶対に逃がすな!」


 イバンは相手の声に対抗して叫ぶ。


 ウィザードほどの機動力は無くとも、向こうの斜面からも中隊の半分が迫っているのだ、逃げ道はあるまい。

 山賊の小屋のいくつかから、バタバタという音が聞こえる。

 おそらく裏口から逃げようとしている。


「ロッティ、裏だ!」


 アルフレッドは叫び、自らもシャーロットが切り開いた宇宙一安全な小道を駆ける。


 小屋の裏では、予想通り、裏口から逃げようとする盗賊どもがいた。


 先を行くシャーロットの姿を見るや拳銃を構えて発砲してくるが、その弾丸はシャーロットの体をどうしても捕らえられない。

 シャーロットは躊躇せずに男に弾丸を叩き込み沈黙させる。


 まだ人影が二つ見える。油断はならない。

 同じことを考えただろうシャーロットのサーチライトがその人影を照らした。


 そこに現れたのは、五歳くらいの男の子とその母と見られる女性だった。


 シャーロットの銃が上がるのが見える。


 まさか。


 驚きで喉が詰まる前に、アルフレッドはありったけの声を振り絞った。


「やめ――」


 その声が終わる前に、二つの銃声が重なり、母子は深い草の中に倒れ伏した。


 アルフレッドはあわててそこに駆け寄ろうとする。

 しかし、シャーロットの横を通過できなかった。

 彼女が、最小限の力でアルフレッドの進むのを阻止したのだ。


「アル、まだ敵がいる。前に出ては危険」


「馬鹿な! あれは女性と子供だった!」


「敵は全員武装している。逃がすなとのオーダー」


 別の扉が開き、再び、一人の女性。何かを抱えている。


 シャーロットは、二度、引き金を引いた。


 まさか。


 そんな馬鹿な。


 一人の女性に、二度?

 違う。


 抱えていたあれは、まさか。


 後ろから他のウィザードが追いついたのに気付く。

 知らず知らずのうちにひざまづいていたことにアルフレッドは気付く。


「アル、どうしたの」


「ロッティが、非戦闘員を――」


 彼が言う間も、シャーロットは新たに二人を射殺した。若い、男と女。


 アユムが、シャーロットの右腕に飛びつく。


「やめなさい、ロッティ。相手は武器を持っていない」


「イバン隊長は全員武装と言った。制圧の中止命令は無い」


 言うと同時に、見事な体捌きでアユムを仰向けにした。

 同じように飛びついたセシリアとエッツォも同じ運命をたどった。


 アルフレッドは、すべてが終わるまで、指一つ動かせなかった。


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