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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第三章 掃討作戦(2)


「アルフレッド・レムス、十八歳、ミネルヴァ軍補給部隊所属でした」


 氏名年齢と職業を訊かれ、軍隊仕込みのはきはきとした声でアルフレッドは答えた。


「入国の目的は?」


 正統政府以外の支配を認めていないのだから、『列車で他国から入国』などということは建前上起こらないはずなのにな、などとこの際関係無いことを考えながら、


「戦争からの避難です」


 とアルフレッドは回答する。


「簡単に言えば、脱走兵だね」


「そのようにとらえていただいて構いません」


「なぜ脱走を?」


「成り行き上、脱走を手助けすることになりました」


 ふむ、と言いながら、尋問官は情報端末に表示した別の情報とアルフレッドの回答メモを見比べている。


「補給部隊かね、他の四名は、特殊部隊のようだが」


「後方補給部隊にいて、前線の四名の脱走の手引きをいたしました」


「では特殊部隊の内情については事前に詳しい情報を得られる立場にあったのだね?」


「いいえ。特殊部隊所属と知らず脱走への協力を求められ、脱走後に特殊部隊のあらましを聞きました」


「では、君の知っている限りの特殊部隊の情報を話したまえ」


 特にどこまでしゃべるかを示し合わせたりはしていない。

 アルフレッドとエッツォは密談ができる関係にはあったが、そのような打ち合わせは不要だった。


 ミネルヴァに未練は無い。

 身の安全のために必要だと思えるならどこまでも個人の判断でしゃべるだけだ。


「ウィザード部隊と呼ばれていました。強化兵の部隊です」


「どのような仕組みだね」


「詳しい仕組みは知りません」


 それを聞いて尋問官は再びメモを走らせながら別の情報を見比べている。


「エクスニューロ、という言葉に心当たりは?」


「強化装置の名称と知っています」


 尋問官はうなずく。


「それ以上に知っていることは無いかね」


 アルフレッドは正直に首を横に振った。

 エクスニューロは、脳科学の入り口に立ったことさえないアルフレッドには全く未知の技術なのだ。


「無いかね」


 尋問官がもう一度尋ねたとき、アルフレッドはもう一つの言うべきことを思い出した。


「エクスニューロとは関係ありませんが。ミネルヴァ内部に反戦派が増え、大学を根城に内部紛争が始まる気配があります」


 彼の言葉に尋問官は二度うなずき、メモ端末を閉じた。


「尋問は君で最後だが、おおむね、君たちの言っていることに矛盾は無いようだ」


 アルフレッドは軽く頭を下げる。


「そしておそらく君たちには選択肢が与えられる。労働意思の無いものは我が共和国は受け入れない。一方君たちの適性は軍隊にしか無さそうだ。つまり、我々の軍属として働くか、強制送還か。よく考えておきなさい」


 尋問官が目配せすると、すぐに尋問室の入り口脇に立っていた看守がアルフレッドを立たせ、元の雑居房に連れ帰った。


***


 最初の尋問の翌日にまた個別に呼び出され、意思確認をされる。


 アルフレッドは迷わず軍属としてとどまることを選んだ。

 そもそも、軍が嫌で逃げ出したのではなく、『ミネルヴァに皆殺しにされる』と言うシャーロットの言葉を信じたのだ。

 その恐れさえないのなら、軍でもどこでも、ともかくミネルヴァに関係の無いところにいられることを選ぶことは自然なことだった。


 尋問室から直接別室に通された。

 そこには、すでに回答を出した四人がいた。


「……ってことで、アルもこっちね。アル、あなたは戻っても良かったのに」


 と言うアユムを見るに、この部屋に通されたのは、正統政府軍属を選んだものなのだろう。


「いまさら戻って懲罰房はごめんだ」


 アルフレッドがそう返すと、またセシリアが小さく笑った。

 そして、彼らの誰もが、エクスニューロをつけていないことに気がついた。


「あれは?」


 アルフレッドがジェスチャーで左側頭を示すと、


「分析するんですって。個人個人にチューンされてるからそのまま持ってっても無意味よ、とは伝えたんだけどね」


 とアユムが肩をすくめて見せる。


「何の仕事をさせられるのかは知らないが、あれが無ければ僕らは一般兵以下だ、とは伝えたんだがね、ま、あんなものに頼らずに済む生活を保障してくれるなら願ったりだが」


 つまり、エッツォの言うのは、前線で矢面に立つ必要の無い生活、という意味だろう。弾丸に当たるのが嫌で、彼はエクスニューロを受け入れたのだから。


「ちゃんと、返してくれるよね?」


 不安そうにつぶやくシャーロットに、アユムはうなずいて見せる。


「大丈夫よ、私たち以外には使えないんだから」


「そ、そうよね。あれが無いとあたし……」


「大丈夫だって、しっかりしなさいロッティ。ここにいれば安全だから」


「でも……ここのひとが、あれだけ取り上げてあたしたちを殺しちゃうかもしれないもの」


「そう、感じたの?」


「ううん、そうじゃないけど……」


 ふうっ、と大きく息をついて、アユムはシャーロットのそばに歩み寄り、背中を優しくなでた。


「大丈夫、私たちはもう、安全な国にいるの」


 うなずきながらも、シャーロットは不安そうな表情を隠せない。


「何かあったら僕が対応する。君たちがエクスニューロを着けて倒したのと同じやつを僕は素手で倒したんだ」


 まかせておけ、と言わんばかりに、アルフレッドは胸を叩いて見せた。


 本当は、エクスニューロを付けた彼女たちの百分の一の戦力にもなりはしないだろう。

 でも、少なくともエクスニューロに頼らずに戦うことができるのは自分だけだ、と、それだけを自信のよすがとする。


「ほら、アルもああ言ってるから」


「うん、ごめんね、アユム、アル。ちゃんとするから」


 アユムはもう一度、彼女の背をさすった。


***


 それから半日ほどで、結局彼らのエクスニューロは返還された。

 解析の手がかりもなく、下手に分解して戻せなくなった場合は、貴重な強化兵一人を失うことになる。

 それは大きな損失だと彼らは感じたようだった。


 そのことは、彼らが続けて引き合わされた新しい上司の言葉で明らかになった。


「私はマリアナ軍治安維持部隊第十五中隊長、イバン・カミロ。本日をもって君たちは私の第十五中隊に配備され、中隊直属特務隊員となる。よろしく」


 四十近くと思われるしわを刻んだ日焼けした顔のその男は、一息でそれだけ言うと、五人それぞれに握手を求めた。

 一通り握手と名前確認を兼ねた挨拶が終わると、改めて彼は五人の前に立ち、気を付けの姿勢をとった。


「君たちは、私の部隊の特務隊員として、治安維持の任務に就いてもらう。君たちの直属の上司は私であるから、私の命令に最優先で従うこと。ただし、遊撃中の小隊長からの救援要請などには適宜対応すること。君たちの戦力を判断するため、次の任務から参加してもらう。いいね」


 はい、とはっきりと答えるものの、やはりどのような任務か分からず不安になり、アユムがおずおずと手を上げる。


「アユム・プレシアード君と言ったかな、なんだね」


「任務とは、具体的になんですか」


 アユムの質問に、イバンは、ふむ、とうなずく。


「北部山岳地帯や、南部の沿岸地域には、まだ反政府の武装勢力がいくつも根城を築いて抵抗している。その掃討作戦が、おそらく君たちの最初の任務になろう。それ以外では、都市部での暴動鎮圧、災害救援、いろいろだ」


 結局、ここでも求められることは戦いってことなのね、とアユムは心中でため息をつく。


 まあ、いいわ、もともと、気がついたら戦っていたんだもの。この惑星の混乱を終わらせる手伝いと思えば、私たちウィザードにできることなんて戦うことだけだものね。


「他に質問は?」


 イバンの言葉に次に応じたのはアルフレッドだ。


「武装勢力の戦力、戦闘の規模はどの程度でしょうか」


「武装勢力は様々だ。百名程度の村の場合もあれば、数千名に近い人間が広い地域を不当に占拠している場合もある」


「それはすべて戦闘員ですか」


「原則はそうだ。全員が火器を持って抵抗する。大規模勢力を相手にするときは大隊をいくつか投入することもある。次に予定されている作戦は、敵勢力百から二百、第十五中隊単独での掃討、制圧を予定している」


 中隊の規模は分からないが、おそらく人員的には互角、装備に優れた政府軍が一方的な制圧を行うことになるのだろうな、とアルフレッドは考える。


 加えて、ウィザード四名。

 大学での戦闘を見ても、自分との実力差を考えても、一名が普通歩兵十名以上に相当するだろう。

 装備も数もずいぶん上なら、さほど危険な任務にはなるまい。


「我々が任務を怠るか、あるいは裏切ることは考えていますか」


 ぎくりとするような質問をしたのはエッツォだ。


「もちろん、それは最優先の確認事項だ。君たちは脱走兵だからね」


 そして、イバンはにんまりと笑った。


「だが、面接の結果、少なくとも君たちが馬鹿のつくほどの正直者だということだけは分かったよ。君たちの脱走動機は、驚くほどにばらばらだった。沈み行くミネルヴァを捨てて安住の地へ、と言う者もあれば、ただ巻き込まれただけだと言う者もある」


 ははあ、巻き込まれたとは僕のことだ、とアルフレッドは思う。


「我が正統政府は、いずれこの惑星上で殺し殺される心配のない世界を築ける唯一の存在だ。一時、我が軍に協力してくれれば、その望みは必ずかなえる。君たちが私のこの言葉を信用してくれるなら、私も君たちを信用しよう」


 イバンは最後に、エッツォに目配せをした。

 それを受けてエッツォも目を伏せてうなずく。


「分かりました。まずはその言葉を言葉通りに受け取らせていただきます。僕個人で言うなら、微力ながら助力は惜しみません」


「よろしい。君たちに忠誠を強制はしない。だが、ここにいる限りは安全と正統政府紙幣による給与を約束しよう」


 突然の亡命者に対する待遇としては、破格のものだろう。

 少なくとも、この惑星上ではもっとも信用の高い正統政府紙幣による給与。

 その条件だけで、敵対勢力の構成員であっても、転ぶものは多いのではないだろうか。


「他に質問無ければ解散、兵舎にて待機。兵舎生活については担当から説明があるので従うように」


 イバンは話を打ち切り、彼らを置いてその小さな会議室を出て行った。

 すぐに係員が五人を兵舎に案内した。



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