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マリアナの女神と補給兵  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの魔法使い
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第三章 掃討作戦(1)

■第三章 掃討作戦


 第三市中央ステーションから出発した二日に一度しかない第二市行きエクスプレスに、五人の脱走兵は乗った。

 身分証確認をごまかすために大量のミネルヴァ紙幣が役立った。


 乗客はまばらで、彼らの乗った車両はほぼ占有状態だった。

 途中、穀倉地帯の小さな村を抜けた以外には、人里を通ることも無かった。


 大陸中央を南北に流れる大河の東方、第三市西部ルーラルの深くまでを正統マリアナ政府軍が厳重に警備しているため、沿線に新興武装勢力が根を張って山賊行為をするようなことも無いようだった。


 大学での騒乱の翌朝に出発したエクスプレスは、わずか三時間で五百キロメートル近い距離を走破し、第二市に滑り込んで速度を落とした。


 終点、第二市中央ステーションで再び身分証の提示を求められたとき、五人は堂々とミネルヴァ軍属の証を示した。

 政府軍の軍服を着た男が二十名ほどで彼らを取り囲み、あわや衝突か、という場面さえ現れたが、エッツォが言葉巧みに亡命希望であることを言い含めて包囲部隊をなだめ、武装解除して従うことで決着した。


 すぐに兵員輸送車に護送兵とともに押し込まれて、第一市と第二市の中間点近くにある駐屯地に移送され、捕虜収監所に男女別々に入れられた。


 午後遅くにでも取調べがあるかと思われたが、結局取り調べは無く、第一市標準時間の十八時きっかりに夕食が提供され、消灯は二十一時だからそれまでに食事を終わらせ食器を返却窓に出せ、と命じられた。

 壁の高さ四十センチメートルほどの位置に建てつけられたプラスチック版が、彼らの食卓だった。

 アルフレッドとエッツォは、夕食のプレートをそろって並べ、同時にスープにスプーンを伸ばした。


「彼らは、僕らをどうすると思う」


 微妙なしぐさの同期に妙な親近感を覚え、アルフレッドはエッツォに話しかけていた。


「どうだろう、だが、送還ということは、すぐにはしないだろうと思うね」


「どうして」


 アルフレッドはスープを飲み込んで短く訊き返す。


「彼らもミネルヴァのことを気にしていると思う。何をするにしても、まず僕らの持つ情報を徹底的に搾り取ってからだろう」


 エッツォは穀物と野菜を一緒に煮込んだだけの粗末な料理を口に運んだが、ここ数日、冷えた糧食だけしか口にしなかった彼らにとって、ただ温かいことがこの上ない調味料だった。


「そして用済みになったら始末することもあるわけだな」


「そう、十五パーセントの確率でね」


 アルフレッドはその言葉を聞きながら、根野菜の酢漬けのようなものにフォークを突き刺す。


「ずいぶん、ロッティ……シャーロットの『予言』を信じるんだな」


「予言じゃないさ、ただ、事実を見ること。僕らにだってできる。ただ、彼女の感受性の高さとエクスニューロとの相性の良さが僕らをずいぶん上回っている、それだけさ」


「事実を見る? じゃ、たとえば、僕が何を考えているか分かるのか」


「分からないさ、そんなものは。分かるのはね、たとえば、君が僕に殴りかかろうとしたら、その拳がどこに降りかかってこようとしているのか、そんなことさ。ただ、シャーロットなら、もしかするとその動作を起こす直前のわずかな身じろぎで相手の考えさえ読めているかもしれない」


 その言葉を聞き終わるか終わらないかの瞬間、アルフレッドは、予備動作無くフォークを肩越しにエッツォに投げつけた。

 エッツォはそれを見事に二本指だけで受け止める。


「そう、それから、相手の攻撃をどう避けるべきかの決断、その通りに正確に筋肉を動かすための信号処理、そういったこともエクスニューロの得意分野だ」


 彼はフォークを山なりに投げ返した。格好良く片手でそれを受け取ろうとして失敗し、アルフレッドは苦笑いしながら取り落としたフォークを拾う。


「すごいものだな」


「ああ、すごいものだよ」


「それをつけた君と喧嘩をするのは自重することにしよう」


「女性陣にもそうした方がいい」


 エッツォは食事についていた脱脂乳を半分ほど喉を鳴らして飲み、これはまずい、とつぶやく。


「なぜ志願を?」


 アルフレッドは、この短い問いで意図は伝わるだろうと、尋ねた。


「最前線にいれば、白制服のウィザードがひらひらと銃弾をかわしているのは嫌でも目に付く。階級を二つほどすっ飛ばして直談判さ。僕だって弾に当たって死にたいわけじゃない」


「だったらみんなそうするだろう」


「ふふ、あれはロボットだってうわさが立っていたんだ。生身の人間の脳を処理した、記憶も自由意志も無いロボットだってね。実際当たらずとも遠からずだったが、死なずに済むなら安いものだと思った。価値観の相違だね」


「じゃあ君も手術前の記憶が?」


 アルフレッドの質問に、エッツォは持ち上げたスプーンを止めて、首を振った。


「彼女たちには記憶が無い、しかし、僕には記憶がある。なぜだろうね。彼女たちも、覚えていないだけで、実は志願兵だったかもしれない」


「つまり同じ手術を受けても、記憶を失う場合と失わない場合があるってことか」


「そして僕が幸運な一人だった、それだけかもしれない」


 そして、止めていたスプーンを口に運ぶ。


「彼女たちの記憶が無いことは気の毒かもしれないが、あるいは、実験的にエクスニューロを取り付ける生贄として戦争孤児を使ったのかもしれない。そうだとすれば、家族を失った記憶を消してもらったのは、彼女らにとっては幸運だったかもしれないよ」


「僕だって家族を失った記憶を持っているが、それが不幸だとは思わない」


「そうだね、だが、たとえばね、賊が自宅に踏み込んできて家族を目の前で皆殺しにしたあと、残った若い女性はどんな目に遭うだろうか。彼女たちの中にはそんな境遇の人もいるかもしれない。それは男性である僕らには想像もつかない苦痛の記憶だと思う」


 エッツォの言葉に、アルフレッドは言葉を失う。


 一度も前線に出たことも無ければ、攻め込んだことも攻め込まれたことも無い彼にとって、エッツォの語った悲劇が本当に起こることが、まだ半ば信じられない。

 軍規というものがある。

 民間人に対して略奪、暴力を働くことは許されない。


 けれど、そんな常識の通用しない世界だってある。

 だからこそ、大学の奥深く、図書館の隠しシェルターがあるのだ。

 その存在意義は何度も聞いた。


 攻め込んだ兵は、いくら軍規があろうとも、興奮に我を忘れて暴力行為に走るものだ、と。

 前線で長く一般兵として戦っていたエッツォの言葉は、重かった。


「勝手な妄想で彼女らを哀れむつもりは無いよ、彼女らは、少なくとも今は笑って過ごしている。だったら、これまでに起こったすべては間違いじゃなかったんだと思いたいね」


 根野菜のピクルスの最後の一口を咀嚼しながらエッツォが口にした言葉は、アルフレッドにとっても救いのように思われた。


 そうとも。

 記憶が無かったり、過去につらい目に遭ったかもしれないことを哀れむよりは、彼女たちの現在と将来の笑顔を守ることのほうが重要じゃないか。


 そして、図書館でシャーロットを気まぐれで助けたことが、そのためにとても重要だったことのように思え、自信が湧いてくるのを感じる。


「僕が守るべきものが……ようやく見つかりそうだ」


 ぼそりと口にしたアルフレッドの言葉には、エッツォは軽くうなずいただけだった。


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