勇者は問いかけれられる。
「改めまして、私の名前はサーシャ・フルメル・レイスオールと申します」
目の前で丁寧に腰を折り、お辞儀をしている少女。この姿だけ見ていればまだ慌てずに済んだかもしれないが、問題はサーシャという少女の後ろである。
なんと、視界を埋めつくさんばかりの人間が鎧に身を包み、膝をついて頭を垂れているではないか。
「なに……これ?」
震える声でそう呟いたのは、小動物を連想させるような黒髪の可愛らしい少女。桜井 仁美である。
「俺にも分からない……」
仁美の疑問に答えたのは彼女の幼馴染。日野 天也だ。
震える仁美を見た天也は意を決して目の前の少女に問いかける。
「あの、ここは一体どこなんでしょうか? それに、あなた達は……?」
恐る恐るといった様子で、相手をなるべく刺激しないように問いかけた天也。
その問いに対する答えは目の前の少女からすぐに帰ってきた。
「はい。ここはあなた達が居た世界とは違う世界。リーンセフィアでございます」
「リーン……セフィア」
眉をひそめ、厳しい顔つきでそう聞き返したのは、まさに美少女という言葉が当てはまりそうな、茶髪で凛とした雰囲気をまとっている少女。四ノ宮 葵だった。
「はい。そうでございます。そして、失礼を承知で我々はあなた方を異世界から召喚させていただきました」
天也たちがその言葉を理解するのには少しばかり時間を要した。
異世界、召喚。その言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡り、天也の思考を混乱させた。
そんか三人の様子もお構いなしに、目の前の少女は言葉を続けようとするが、仁美がそれを許さなかった。
「ちょ、ちょっと待って!」
焦りながら、動揺しながら、何とか自分を保ちながら精いっぱいの気力を振り絞り、喉から声を出す。その様は見ていて痛々しいものがあった。
「いきなり他の世界から呼ばれたとか言われたって訳分からないよ!」
「仁美……」
自分の幼馴染がこんなにもパニック状態に陥り、取り乱す姿を果たして今まで見たことがあっただろうか?否、無い。
「……それもそうですね。では、ここがあなた方の居た世界とは異なる世界だという証拠をお見せいたしましょう」
「証拠?」
そう言った次の瞬間、少女は左腕を前に突き出し、掌を開ける。そして天也たちには理解できない言語で何かを喋り始めた。
「――――、――――――。
―――――――――――――。」
少女が言葉を紡ぎ終える。すると、突き出していた左掌から不規則に光が漏れ出し、やがて不安定ながら形を形成した。
「いかがでしょう?」
そして不規則に瞬くような光は炎となり、少女の掌に顕現された。
「なっ……」
天也は思わず息をのんでしまった。いきなり目の前の少女の掌に炎が現れたのだ。驚かずにはいられないだろう。
「これが、恐らくあなた方の世界には無いであろう技術、魔法です」
「うそ……」
「……凄いわね」
仁美は驚愕を隠しきれないでいるが、葵の反応は違っていた。目の前の未知の現象にただ驚き、恐怖するのではなく、興味を持っている。
「信じていただけましたか?」
正直、ここまで自分たちの知らない事象を起こされてはそれを否定する材料を持ち合わせていない。
「……信じますよ。いや、こんなものを見せられたら信じるしかないでしょう」
「ご理解感謝いたします」
そう言うと、サーシャは掌に浮かぶ炎を握りつぶすかのように、指を折り手を閉じていく。すると先ほどまでの輝きは消え、炎は無くなっていた。
そんな様子を葵は食い入るように見ていた。
「ねぇ、他にも色々な魔法とやらがあるの?」
「ええ、もちろんありますよ」
「見せてはもらえないかしら?」
「よろしいですよ」
サーシャの了承を得たとき、葵の表情が少し輝いた。
だが、彼女は「ですが――」と続ける。
「私達の条件を呑んでくれたらの話ですが」
「条件?」
すかさずそれに聞き返す葵。
「はい。ここからが本題になるのですが……」
サーシャは少しバツの悪そうな表情をしながらそう言った。
思い返せば、天也達は何故自分たちがこの世界に呼ばれたのかまだ聞かされていないのだ。
一応この世界が自分たちのいた場所とは別世界という話は信じたにしても、それならば何故この世界に呼ばれることになったのか。それを知らなければ話は始まらない。
「我々はあなた方を勇者としてこの世界に召喚いたしました」
「ゆ、勇者?」
天也が三人を代表して聞き返した。
そういえばサーシャと最初に会った時もそんなことを言われていた気がする。
「はい、正確にはあなた方三人のうち誰か一人が、ですが」
「ちょっと待って」
「何でしょう?」
「あなた達のいう勇者は私達の誰か一人と言うことは他の二人は何故一緒に来なければいけなかったのかしら?」
「それは後ほどお応えしたいと思います。そして、いまから私がする質問にどうかお答えください」
サーシャは一呼吸置き、真剣な眼差しで天也達を見据える。
その気迫に思わず三人は息をのんでしまう。
そして聞かされる。
まるで呪いのようなその言葉を。
「どうか……どうか我々人間を御救いください!!」