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勇者は召喚される。

 大勢の人間が列をなし、膝をつき、頭を垂れている。

 それが、異世界リーンセフィアに召喚された勇者。日野 天也(ひの あまや)がこの世界で初めに見た光景だった。


「ようこそおいでくださいました。我らが勇者様」


 最前列にいた少女が頭を垂れながら口を開いた。


「何が……起こっているんだ?」


 突然の展開に頭がついていかない天也。

 状況を整理しようと先ほどまでの事を思い出す。



――――――




「天也くん。一緒に帰ろう」


 教室のドアから顔を出し、可愛らしい声でそう言ってきた黒髪でフワッとした印象を持たせる少女。桜井 仁美(さくらい ひとみ)は天也の幼馴染だ。

 その声に反応した、教室の端の席に座っていた茶髪の少年。 天也が顔を上げた。

 柔和なその顔立ちを見た仁美は、ぱあっと嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「ああ、今行くよ」


 筆箱や教科書をスクールバッグに詰め込み、帰りの支度をする。

 

「あれ、日野君もう帰るの?」


 今度は横から声がした。

 天也は声のする方に顔を向ける。

 髪は茶髪。整った顔立ちで、全体的に凛とした雰囲気の、まさに美少女と呼ぶにふさわしい女生徒。

 四ノ宮 葵(しのみや あおい)がいた。


「仁美が来てるからね。あいつを待たせるとめんどくさい事になるから」


 そう返して席を立ちあがり、仁美のもとへと行こうとする。


「ねえ」

「ん?」

「私も一緒に帰ってもいい?」

「へっ?」


 つい、口から間抜けな声が出てしまう。

 それも仕方がないだろう。

 四ノ宮 葵と言えばこの学校で知らない人間はいない程の有名人だ。

 容姿端麗、才色兼備、文武両道と、三拍子そろった完璧な人間だが、それだけではなく誰にでも分け隔てなく接するという性格から、教師と生徒の間では類を見ないほどの人気っぷりだ。

 そのため彼女のファンクラブがあったりする。

 そんな美少女に、一緒に帰らないかと言われればあんな声が出てしまっても不思議ではないだろう。


「ど、どうして?」

「ダメかしら?」

「いや、そう言うわけじゃないんだけど……」

「だったら良いじゃない」


 葵は立ち上がり、天也の隣に立つ。


「さ、行きましょう?」

「う、うん」


 そして葵は天也の手を取る。

 天也の掌に柔らかく、スベスベとした感触が伝わってきた。


「ちょ、ちょっと!」


 そののまま葵が天也の手をとり、廊下に連れ出す。

 そんな様子を廊下から見ていた仁美は


「ねえ、天也くん。どうして四ノ宮さんと手を繋いでいるの?」

「ひ、仁美?」


 笑っていた。

 それはもう満面の笑みで。にっこりと。

 

「な、何か怒ってる?」

「怒ってないよ? それより質問に答えてほしいな」


 天也は知っていた。

 仁美が不自然に笑うのは怒っているときだと。

 

(ええ!? 何で仁美怒ってるの!? 俺何かした!?)

「だから、怒ってないよ? 天谷くん?」


 自分の思考までもよんでくる幼馴染に驚きと恐怖を覚える天也。


「何で俺の考えてることが分かるんだよ!」

「そりゃあ、天也くんの幼馴染(・・・)だからだよ?」


 幼馴染の部分を強調して、しかも葵に向けてそう言った。

 言われた本人は、ほんのわずかに眉をピクッと動かした。


「で? どうして四ノ宮さんと手をつないでいるの?」

「いや、だから――」

「私が連れ出したのよ」


 いつまでもハッキリしない天也を見かねたのか、葵が横から口を挟んできた。

 言い終わるとすぐに繋いでいた手を離して見せた。


「私が日野君にと一緒に帰ろうと思って声を掛けたの。そしたら快く了承してくれたから、彼の手を引っ張って貴方のあなたのところまで来ただけよ?」

「……そうなの?」


 葵の話を聞いた仁美が天也にジト目を向ける。


「そ、そうだよ!」


 天也は勢い良く頭を縦に振り、頷いた。


「せっかく二人で帰れると思ったのに……」


 少し頬を膨らませながら小さくつぶやいた。

 その小さな呟きが天也の耳に中途半端に入ってきた。


「ん? 何か言った?」

「何でもないですっ!」


 頬を紅潮させ、天也に向かって叫んだ。

 この紅潮がはたしてどういう意味なのかは言うまでもないだろう。

 そんな仁美に葵が近づいた。


「な、何ですか?」


 いきなり美人の顔が目の前に近づきたじろぐ仁美。

 そこには同姓ながらドキッとさせられてしまう確かな魅力があった。


「安心して、今はまだあなたの心配しているようなことはしないわ」


 小さく、仁美にしか聞こえないていどの声量で耳打ちをしてきた。

 しかし、仁美はその意味を瞬時に理解することができなかった。


「それって……どういう意味ですか?」

「……どういう意味かしらね? フフ」


 意味ありげな笑みを浮かべ、仁美から離れる葵。

 そんな二人を見ていた天也がおろおろとしながら言った。


「ちょっと二人とも、こんなところでケンカしないでよ」


 そんな弱弱しい声で言った天也の言葉に反応した仁美から、誰のせいだと言わんばかりの視線を浴びせられ、口を閉ざしてしまう。


「はぁ、分かったよぅ……四ノ宮さんも一緒に帰ろう?」


 大きく肩を落とし、明らかに落ち込んでいる仁美。対して、了承を得た葵は凛々しい笑みを浮かべてこう言った。


「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」

「好きで言った訳じゃないけどね」





――――――




「へぇ、じゃあ桜井さんと日野君は幼稚園に入る前から知り合いだったのね」

「うん。生まれた日も近くて、家も隣同士だったからずっと一緒だったよ」


 あの後、学校を後にした天也達は一緒に帰っている。

 仁美と葵も初めは険悪な雰囲気だったが、話しているうちに打ち解け、短時間で世間話までする仲になっていた。


(やっぱり女子ってコミュ力高いな)


 誰かに聞いた話だが、同じ部屋に同性を三人集め、男女のどちらがいかに早く打ち解けられるかという実験をしたらしい。結果は圧倒的に女性の方が早く打ち解けたらしい。むしろ男性は会話が殆どなく、決められた一定時間の中はその部屋に静寂が訪れ、気まずい雰囲気が漂っていたとのこと。


「そう言えばどうして四ノ宮さんはいきなり俺と一緒に帰ろうと思ったの?」


 天也がずっと気になっていた質問をぶつける。

 そう、それもそのはず。

 何故、今まで関わりのなかった自分に、ファンクラブまであるほどの美少女が一緒に帰らないかと誘ってきたのか。それが不思議でならなかった。


「そうね……あえて言えば、日野君に興味があったからかな?」

「え?」


 その言葉に、天也は自分の頬が紅潮し、心拍数が上昇していくのを感じた。

 

「だって、一応中学も同じで、高校でも一緒になったのに一度もまともに話した事がなかったでしょう?」

「ああ、そういうことか」


 興味があると言われて期待してしまった自分が恥ずかしい。

 何ともいえないこそばゆい感じがして、つい葵から目をそらす天也。そんな天也を見た葵が小さく笑った。


「な、なに?」


 気恥ずかしさと恐怖が入り混じったような表情をする天也。

 この年頃の男子は、女子に笑われると何故か恐怖を感じてしまうときがあるのだ。それは天也も例外ではない。


「ううん、日野君って面白いなーと思って」

「お、面白い?」

「うん。だって表情がよく変わるじゃない?」

「あ、いや、これは――」

「色々な顔がある人って私は好きだよ?」

「――――っ」


 

 葵は天也に屈託のない笑顔を向ける。その瞬間。天也は何を言おうとしていたのかも忘れてしまった。

 口元は緩み、ニヤけがおさまらない。その顔を隠すのに必至だ。

 しかし、校内のアイドルにそこまで言われてしまったのだ。お世辞斗分かっていても、恋愛経験のない天也がこうなってしまうのも無理ないだろう。


「かっ、からかわないでよ四ノ宮さん」

「あはは、ごめんね」


 葵が申し訳なさそうな顔をして謝る。

 ボソッと「お世辞じゃないんだけどなぁ……」と呟いたが、それは天也の耳には届かなかった。


「むぅ……」


 ふと、天也の横から唸り声のようなものが聞こえてきた。言わずもがな、仁美だ。


「ん? どうした仁美?」

「別に? ただ、良い雰囲気だなーと思いまして」


 頬を膨らまして、プイッとそっぽを向いてしまう。

 仁美にとってはこれが怒っているつもりかもしれないが、仕草が子供っぽく見えてしまうため、あまり恐怖が湧かない。

 本当に仁美が怖いときは先ほどのように笑いながら怒るのだ。


「おい、そんなこと言ったら四ノ宮さんに失礼だろ」

「……はあ」


 天也に冷たい視線を向け、嘆息をつく。


「昔から天也くんはそうだけど、ほんっっとうに鈍感だよね!」


 長い溜めを作り天也への悪態を口にする。

 本気でそう思っているのだろう、目が怖い。


「は? 何のこと言ってるんだよ?」

「もういいですよっ!」


 結局仁美は何を言いたかったのだろうか。天也の胸の内の疑問は晴れないまま、再びそっぽを向いてしまった。

 そんな二人の様子を見ていた葵は葵でずっとおもしろそうに笑っていた。

 片方は怒り、片方は笑う。対照的な二人の状況に対処しきれずに頭を悩ませる天也。


(もうどうとでもなれ……)


 思考するのを諦めた。

 そんなとき――


「ん?」


 天也は視界の下の方にかすかな違和感を感じた。不自然に瞬く光が映るのだ。

 眉間にしわを寄せながら地面の方に視線を向ける。すると――


「な、なんだこれっ!?」


 天也の足元を中心に不思議な曼荼羅模様の円が広がっていた。

 

「何これ!?」

「どうなっているの……?」


 天也の声に反応して地面を見た二人も同じような反応をしていた。

 

「え、映写機か何かなの?」

「でも、それにしては模様がハッキリしているし……」

「と、とりあえずこの円の上から離れよう!」


 不審に思い、その円の上から離れようと三人は走り出した。

 しかし、その円の上から離れることはできない。天也の足元にぴったりとくっつき離れないのだ。


「どうしてだっ!?」


 体験したことのない現象に焦りを見せる天也。

 その円は離れるどころか、時間が経つにつれ、徐々に大きくなっていく。

 それを見た三人は同時に感じ取っていた。この円の中にはいてはいけない、と。


「二人とも! 俺から離れて!」


 円が広がっていく刹那、天也が二人に向かってそう叫んだ。


「でも、天也くんはどうするの!?」

「そうよ、何が起こるのか分からないのよ!?」

「俺は大丈夫だから! 早くここから――」


 二人の背中を押し、自分を中心に広がっている円から押し出そうとする天也。

 しかし時は遅し。円が三人を覆うまでの大きさに広がり、激しく発光する。


「二人とも、手を!」


 天也が二人に向かって手を伸ばす。その手を仁美と葵はしっかりとつかんだ。

 刹那、今までで一番激しい光が三人を包み、その場に光の柱が出来た。


「うわああああああ!」


 その光に視界が埋め尽くされ、何も見えなくなってしまう。

 そんなとき。


『やっと……やっと会えるのですね』


 天也の頭に直接響く声(・・・・・)が聞こえた。


『さあ始めましょう。




 物語を――――』


 


 


 






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