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魔術師は森の中。

「うぅ……」


 どもまでも広がる広大な森の中、大地に身を任せ仰向けになりながら人知れずうめき声をあげているのは、二十一世紀の魔術師。天見 礼斗である。


「何処だ……ここは?」


 この森、いや、最早これは森ではなく樹海だろう。

 樹海全体をを照りつける様な日の光に目を細めながら立ちあがる。


「確か俺は学校から帰る途中で……グッ!」


 状況を整理しようと、先ほどまでのことを思い出そうとするといきなり頭に頭痛が走った。


「なんだ……? 思い出そうとすると、頭がっ!」


 右手で頭を押さえ、その場にうずくまる。あまりの頭痛に脳が破裂してしまいそうな感覚に襲われる。


「うっ……があああぁ!」


 今度は吐き気や目眩までもが礼斗を襲った。尋常じゃない苦しみに、嗚咽を漏らしてしまう。


「ハァ、ハァ、そうだ、思い出した」


 額からは脂汗が流れ、目の焦点は若干定まっていない。まるで熱中症にでもなったかのような状態だ。


「あの黒い空間と、脳に直接響くような声」


 痛みも若干おさまってきて、徐々に意識ががクリアになる。正常な思考能力が戻ってきているようだ。


「いきなり落とされて……」


 そのことを理解した瞬間、礼斗の顔から血の気が引きどんどん顔色が悪くなる。


「じゃあ俺はあの高さから落とされたのか!?」


 バッと、顔を上げ空を見る。

 その瞳が見据えるのは青。巻雲がはるか上空にたなびき、轟々と風が吹く。ただひたすらに広がる天色の空だ。

 礼斗は直感的に感じた。この空は自分が居た日本のものではない。高層ビルや他の建物が並んでいるゴチャゴチャとした都会の中ではこんな壮大な空は拝むことができないだろう。


「なっ!?」


 空を見据えた刹那、礼斗が驚愕の声を上げる。何故なら、その壮大な空を見据えた瞳に信じられない物が映っていたからである。


「なんだよ……あれは……?」


 驚愕の表情で見開かれた目に映っていたのは、豪快に空を渡り、ときに旋回し、風を切りながら飛び回る生物の姿。

 首は長く、雄たけびを上げる口には鋭い牙も備わっている。巨大な翼を動かし、その巨体を通った後を長い尾が引く。

 礼斗が知っている限り、その生物は地球では架空の生き物として各国の神話や伝説に名を残してきた有名な生物だ。


「ドラゴンなのか……?」


 まるで自分のものだとでも主張するように大空を飛び回る巨躯の生物。 

 それは紛れもなく、ゲームやアニメに登場するファンタジーそのものだった。


「やっぱりここは地球じゃないのか?」


 うすうす感づいてはいた。あんな尊大な景色めったに見られるものじゃない。少なくとも日本ではない事は分かっていたが。


「まさか、異世界とはねぇ」


 肩を落とし、ため息をついた。

 礼斗は軽く自分の周りを見回してみる。

 よくよく見ると、奇妙な形をした植物や前足が異常に発達したトカゲのような生き物までいる。

 徹夜でネトゲをする決心をしたと思いきやいきなり周りの景色が崩れ落ち、真っ暗な空間に放り込まれて、脳に直接響くようなを聞いたと思ったら今度はファンタジーときたもんだ。

 

「やってらんねえよな」


 自分の置かれている状況に驚きを通り越して現実逃避をする礼斗。

 

「これからどうすっかなぁ」


 そう言って腕組みをしながら再びため息をついた。このままでは幸せが全力で逃げていきそうな勢いだ。


「ま、考えててもしょうがないしとりあえず歩くか。きっとどうにかなるだろ」


 へらっと笑い、そんな言葉を口にする。

 良く言えばポジティブ。悪く言えば単楽的。

 そんな思考を持った礼斗は、明確な目的を持つわけでもなく歩き始めた。

 しかし、このファンタジーの世界はそんな彼の「どうにかなる」などという考え方を許してくれない。


「グオオオオォォォオオオオオオオオォ!!」


 礼斗が歩き出そうとした刹那、はるか上空に旋回しているファンタジーの塊が雄々しい咆哮をあげた。


「な、何だ?」


 突然の咆哮に驚きながら、礼斗は上空のドラゴンに目をやる。


「……ん?」


 ドラゴンを観察してしばらく。礼斗はあることに気付いてしまった。


「なんか……こっち来てねぇ?」


 そう、咆哮をあげたドラゴンがあろうことか礼斗に向かって急降下してくるではないか。


「ちょっ、な、何で!? 俺別になんもしてないぞ!?」


 確実に自分の方へ突撃してくるとみた礼斗は急いでその場を離れ始めた。

 森の中を全速力で駆け抜ける中学生と、それを空から追いつめるドラゴン。

 どう考えても勝敗は明らかである。

 

「いやああああああああ! ドラゴン速いぃいい!」


 彼の人生、これほどまでに懸命に走ったことがあっただろうか? 否、ない。

 しかし、礼斗の人生史上最高の疾走もむなしく、ドラゴンの前では歯が立たなかった。


「グオオオオオオオオ!!」


 このままでは確実に殺られる。

 すぐそこまで迫ったドラゴンを視界の端に、礼斗は走ることを止めた。


「くっそ! こうなったらっっ!」


 立ち止まり際に、ドラゴンの方へ振り返る礼斗。

 すぐそこまで迫ったドラゴンは、上空に居る時よりも遥かに巨大で雄々しかった。


「見せてやるぜ。魔術師の力をなあ!」

 

 勢い良く振り返り、右腕をドラゴンの方へと向ける。


「ポ○モンじゃ飛行タイプは電気タイプの技に弱いって決まってんだよおおおおおぉ!!」


 森の木々すれすれを飛んでくるドラゴンに向かって叫ぶ。

 それに反応したのか、ドラゴンの方も咆哮で返事をしてくる。


 そして紡ぐ――


『我は求める 荒ぶる(いかづち)の化身を――


 焼き払い 溶解し 大地を焦土と化す破壊の一撃――

 

 この願い聞き届けるならば顕現せよ――


 天より下されし断罪の稲妻――』


 これは詠唱。

 魔術を発動させるために必要なコードのようなものだ。


「【天空神の雷霆(ケ ラ ウ ノ ス)】!!」


 礼斗が叫ぶ。

 刹那、天が黒く、禍々しい黒雲に覆われた。

 雲の隙間から徐々に光が漏れ出し、音を立て始める。

 やがてその音が轟音となり一条の光が天より落とされ、裁きの一撃がドラゴンを襲う――







 なんてことにはならなかった





「えっ?」


 口から漏れ出したその言葉を最後に、礼斗の腹部に接近してきたドラゴンの巨大な尻尾がクリーンヒットし、何処ともしれない方向へと吹き飛ばされてしまう。


(あ、これ逝ったわ)


 そのとき礼斗の肋骨が数本不快な音を立てたのは言うまでもない。

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