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「お姫さま……?」
目の前には、ずっと会いたいと思っていた少女の姿。
嬉しいという気持ちは、彼女が風邪を引いていることを思い出してすぐに心配に変わりました。
「寝てなきゃだめだよ」
その言葉に少女はむっとして口を尖らせます。
「少しくらい、平気」
侍女にも同じことを言われ、ずっと布団の中で過ごしてきたのです。
ただでさえ部屋から出られず暇だというのに、さらにベッドからも出るなとまで言われればさすがにおもしろくありません。
いつもならきちんということをきく少女ですが、今回ばかりは我慢の限界でした。
ですが心配で仕方がない少年は少しずるいかな、と思いつつも言います。
「怒られちゃうよ」
前に少年が風邪を引いたときのことです。
あまりにも暇で少し遊ぼうとベッドを出たところ、おじいさんに見つかり怒られたことがありました。
怒られるのは怖いから嫌です。
少女を自分と同じ目に合わせたくないとも思って言ったのですが、彼女はゆるく首を横に振ります。
「大丈夫。今は誰もいない」
まだ帰って来ないだろうからいいの。
少し怒ったような顔をする少女にそれ以上うるさく言えず、少年は苦笑しました。
「具合悪くなったらすぐに寝てね?」
その言葉に頷くのを見て、今度こそ少年は柔らかく微笑みます。
怒っていた少女も彼が微笑んだのを見て、自然と口元がゆるみました。
「あのね、前にした約束」
急に思い出したように、唐突に少年は肩にかけていたポシェットを開けると、中から一輪の白い花を取り出しました。
「お花だぁ!」
少女は目をきらきらと輝かせ、その花を見つめます。
「ノースポールっていうんだ」
初めて見た本物の花から目を離さない少女に、少年は自分が知っていることを教えます。
少女はそれを興味深そうに聞きました。
「花言葉は誠実なんだって」
「花言葉?せいじつ?」
知らない言葉を繰り返して言う少女に、少年は一つずつ答えていきます。
「お花には名前と別に言葉があるの。秘密の暗号だよ」
お花にはそれぞれに意味のある言葉があり、渡す相手に口には出せない気持ちも伝えてくれるものだと少年は老人から教わりました。
その時に「面倒くさいことをしなくても、喋ってしまえばいいのに」と言うと「声に出して言えなくなるものなんだ」と笑った老人に頭を撫でられました。
言いたいことは素直に口にする少年は老人が言った言葉がよくわかりません。
しかし、花言葉というのは秘密の暗号のようで面白いと思ったのです。
だから、少年は老人にたくさんの花言葉と言葉の意味を教えてもらいました。
「誠実っていう言葉はね、嘘のない心で相手とお話したりすることを言うんだって」
「嘘のない心……」
不思議そうに呟く少女に、少年は「そうだよ」と笑います。
「僕は君に出来るだけ嘘をつかないよ」
お日様のような、明るくて温かな笑顔。
真正面からそれを見た少女もまた微笑みます。少年の言葉と笑顔が嬉しかったのです。
しかし、ふと思い出した少女は「そろそろ、ベッドに戻る」と言いました。
侍女がいつ帰って来るかわからないため、これ以上お話していたら見つかってしまうかもしれないと思ったのです。
少年はもう少しお話ししたいと思っていましたが、我が儘を言ってはいられません。
また少女の風邪が悪化しても困ります。
しょんぼりと肩を落としていると、少女が右手をあげました。
そして、左右に振りながら言うのです。
「またね」
少女からそう言ってくれたのは初めてでした。
嬉しくなった少年は、また笑顔になって返事をします。
「またね!」
だって「またね」という言葉は「また会いましょう」という意味なのですから。