はち
あれからひと月が経ちました。
なかなか風邪が治らない少女は、ベッドからも出られずに寝たきりの生活をしています。
「もう、大丈夫……」
そう言って起き上がろうとしますが、ケホケホと咳き込んでしまいました。
側についていた侍女が、そんな少女の背中を優しくさすります。
「大丈夫ではありません。もう少し安静になさってください」
咳が止んでも、少女が呼吸するのに合わせてヒューヒューという音が聞こえました。
とても苦しそうな様子に、普段表情を変えない侍女も顔を顰めてしまいます。
少女が生まれてからずっと側にいる侍女ですが、ここまでひどい風邪を引いたのを見たのは初めてでした。
……いえ、それどころか、これまでは一度も病気をしたこともありませんでした。
外に出ることもできない少女が、どこからか風邪をもらってくることなどあり得ないのですから。
原因もわからないまま、侍女はただ目の前で苦しそうな少女が早くなるように世話をすることしかできませんでした。
その頃の少年はといいますと……
「おじいちゃん、お姫様の風邪治った?」
会いに行くことは叶わず、お見舞いにも行けずに、やもやとした日々を送っていました。
毎日毎日、飽きもせずに訊ねる少年に老人は苦笑します。
余程気になっているのか、時間がある度にお姫様のことを訊ねてくるのですから少し困りものです。
「まだ、完治はしていないそうだ」
お城の偉い立場にいる人ではない老人が知っていることはあまりありません。
せいぜい、仕事中に噂話などが耳に入る程度でしょうか。
やっと落ち着いてきたとはいえ、まだ油断ならない状況らしいと伝えると、少年は瞳を輝かせました。
「けど、治ってきたんだね」
この一か月程、毎日のように容体を訊ねていたにも関わらず、返ってくる言葉は「まだだそうだ」ばかりでした。
油断ならないといっても、落ち着いてきたという言葉を聞いただけで少年は安心してしまいます。
早く、会いたいな。
そんな気持ちで一杯ですが、今はまだ我慢します。
治りきっていないということは、すぐに悪化してしまうかもしれません。
少年が会いに行くことが彼女の負担になり、また会えなくなるよりだったら、しっかりと治るまで待とうと決めていました。
「まだ、会いに行ってはいけないよ」
念を押すように言う老人に、少年は真面目な顔をして頷きます。
「うん、わかった」
そう頷くものの、やはり少女のことが気になって仕方がありませんでした。
わかってはいるのです。
自分が会いに行くことが少女にとって良くないことだということを。
しかし、一目だけでも……いえ、お部屋の側に行くだけでもいいので、会いに行きたいという気持ちでいっぱいになってしまいます。
だから少年は、老人のお手伝いをするためにお城に行くと、少しの間だけお手伝いをさぼりました。
そして向かったのは、少女の部屋です。
カーテンの引かれた部屋は中を覗くことはできません。
仕方がなしに戻ろうと後ろを向いたときです。
「いつき……?」
名前を呼ばれて振り返ると、カーテンの隙間からほんの少し顔を覗かせた少女と目が合いました。