ろく
目が合うと少年は一度大きく瞳を開いた後、にっこりと笑いました。
そして、口をぱくぱくと動かします。
ガラスの窓に遮られてしまい、少年が何と言っているのか少女にはわかりません。
首を傾げると、少年がゆっくりと口を動かします。
それにならって自分の口を動かし、何度か声を出す内に少女は一つの答えを見つけました。
「あけて……?」
半信半疑でしたが、とりあえずこの窓を開けてしまえば彼が何と言っていたかの答え合わせは出来ます。
少女は手に持っていたカーテンを引くと、今度は大きなガラスの窓を開きました。
彼女よりも大きな窓は少し力を込めるだけで簡単に開いてしまいます。
「こんにちは」
笑った少年が挨拶をしてくれましたが、それは少女にとって馴染みのないものでした。
「おはよう、じゃないの?」
先程起きてご飯を食べたばかりの少女にとっての挨拶は「おはよう」です。
しかし少年はきょとんとした顔で言うのです。
「今はお昼だよ?こんにちは、の時間だと思うけど……」
正確にはどちらが正しいのかわからないため、少年も首を傾げてしまいました。
二人そろって考えますが、お互い同じ格好をしていることに気が付くと同時に吹き出してしまいます。
「へんなの」
「おんなじ格好してる」
くすくすと二人は気が済むまで笑いました。
少年は彼女が笑っていることが嬉しくてさらに笑い、少女は誰かと一緒に笑うことが楽しくて笑いました。
気が済むまで笑いますと、少女は先程の答え合わせのために訊ねます。
「そういえば、さっき何て言ってたの?」
「さっき?」
少年は突然の質問に何を言われているかわかりませんでしたが、少女が「扉を開ける前」と言ったことにより合点がいきました。
「あけてって言ったんだ」
そう答えると、少女が「やっぱり」と満足げに笑いました。
「わかった?」
「最初はわからなかった。けど、開ける前には気付いたの」
少女は見栄など張らずに、正直に答えました。
少年もその言葉を疑いもせずに「そっか、すごいね」と笑います。
それから暫く、まだ二回ほどしか会っていない二人ですが、まるで元から友達であったかのように仲良くお話をしました。
少年のおじいさんがこのお城の庭師をしていると言うと、少女は不思議そうに「にわしってなに?」と訊ねました。
それを馬鹿にすることもなく、自分が知っていることを自慢するでもなく少年が教えます。
「お花や木のお世話をするんだ」
水をあげたり、良く育つように肥料をあげたり……。
他にも病気にならないように温かくしたり、病気をすぐに見つけられるようになど、植物が成長するためのお手伝いをする。
おじいさんはそんなお仕事をしています。
もちろん、お城についてきたときは少年もおじいさんがするお手伝いのそのまたさらにお手伝いをします。
泥んこになって怒られる時もありますが、少年は花や草木の世話をするので好きでした。
だからついつい夢中になって、お手伝いの様子を話してしまいます。
それを静かに聞いていた少女はぽつりと呟きました。
「……見てみたいな」
絵本や図鑑では見たことがあるものの、本物の花や草木を見たことがありません。
だから、彼が話すものに憧れてしまいます。
小さな呟きでしたが、そばに居た少年は聞き逃しませんでした。
「それなら僕が見せてあげるよ」
「本当?」
「うん、約束」
そう言って右手の小指を差し出します。
何なのかわからない少女は不思議そうにそれを見ていましたが、少年が「ゆびきり」といってその仕方を教えてくれました。
少女は彼の小指に自分の小指を絡ませることに躊躇しましたが、にこにこと笑って待っている少年を見て意を決します。
「ゆーびきった」
こうして、二人は大切な約束をしたのでした。