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いち

 お城の一室に住む少女は雪が嫌いでした。

 冷たくて、すぐに溶けてしまって、消えてしまう……そんな雪が嫌いでした。

 いつ消えてしまうかわからない自分に付けられた『雪』が付く名前も嫌いでした。


 少女の命はそんなに長くはありません。

 それはお城に勤める者ならば皆知っていることです。

 幼い頃から自分の部屋から出たことのない少女は、いつもいつも窓から外を眺めていました。


 ある時、そんな少女の前に一人の少年がやってきました。

 今まで部屋に閉じ込められて育った少女が、食事を運んでくれる侍女以外で初めて会った人間です。

 あろうことか、その少年は部屋に連れてこられたのではなく自らベランダに忍び込んでしまったようでした。


「なんで、きみはいつもそこにいるの?」


 少年は少女に訊ねました。

 どう答えていいのかわからず、少女は口ごもってしまいます。

 けれどそんなのお構いなしに少年は笑いかけました。


「外に出て、一緒に遊ぼうよ」


 それに少女は首を横に振ります。


「わたしはここから出られない」


 少女は自分の部屋から出ることを禁止されていました。

 だから、部屋に取り付けられているベランダにすら出たことがありません。

 もし少年がやって来なければ、その大きな窓を開けることすらなかったでしょう。


 本当は誰かと話すことも会うことも禁止されていた彼女でしたが、そばに来た少年が珍しくてつい言いつけを破ってしまいました。


「あなたは、誰なの?」


「僕は(いつき)っていうの。きみは?」


 少女が訊ねると、少年は嬉しそうに答えてくれました。

 けれど、少女はその問いに答えることが出来ませんでした。


「教えない」


 教えたくない。何故なら、嫌いな名前だから。


 少年は残念そうな顔をしましたが、無理やり聞き出そうとはしませんでした。


「そっかぁ。仕方がないね」


 そう言ってにっこり笑います。

 まるでお日様のような明るい笑顔でした。


「いつきー、いつきやー、どこにおるんだー?」


 不意に誰かが誰かを呼んでいる声が聞こえました。

 少女はその呼ばれている名前が少年と同じことに気が付きます。


「あなたを呼んでる」


 少年も気が付いたらしく、少しバツの悪そうな顔をしました。


「本当だ。おじいちゃんが呼んでいるみたい」


 そう言うと、少年はベランダから地面に続いている階段の方に向かって走り出しました。

 数日前に雪が降ったばかりで、まだあちらこちらに雪が残っています。

 少年が転ばないか、少女は少し不安になりました。


 階段を降りる直前で少年は少女の方に向き直ると、その心配を取り除くかのような温かい笑顔で少年は言います。


「またね」


 それは少女にとって聞き慣れない言葉でした。

 侍女はそんなこと言いません。

 他に少女の所に来る人はいなかったため、「またね」などと言われたことなどありませんでした。


 手を振って走り去る少年を、暫く少女は不思議そうな顔で眺めました。

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