八、 裏切り 4
「こっちだ」
男は、先立って歩き始めた。
灯りを提げた取り巻きの片割れ・吾平が、そのすぐ後ろに立って、男の足元を照らした。
その腰にぶら下がる鎌や、もう一人・信助の懐にある小刀を見て、男は暗澹たる心持になった。
村を横切って山の入り口に至るまで、彼らは一言も口を利かなかった。
足元がやわらかい土の上り坂になった頃、男は吾平に言った。
「明かりを貸せ、先が見えねえ。
獣が出るから、どうせならその腰のものでも握ってりゃいい」
吾平はすんなりと提灯を男に渡した。
その代わり、ぴったりと男の後ろに張り付いて、妙な素振りが無いか監視しているようだった。
暫く行った辺りで、庄屋の息子が言った。
「おい、お前の足が治ったってのも、どうやら本当みたいだな」
「ああ、人魚が治してくれた。どうやったものかは、さっぱり分かりゃせんがね」
男は振り向かずに答えた。
ふーん、とそれを聞いて庄屋の息子は唸った。
「お前え、そりゃあれか?人魚の肉を食ったのか?」
男は思わず足を止めた。
「何だって?」
「知らねえのか?人魚の肉を食った奴は死なねえんだとよ。
足の一本や二本、しゃんとなりそうな話だろ」
知らない筈が無かった。
当の人魚本人からそう誘われたのは、今日の昼のことだ。
「冗談じゃねえ。そんな不気味なこと、したかあねえよ」
それは男の本心だった。
吐き捨てるように呟いて、男はまた登り始めた。