六、 裏切り 2
「そんな怖い顔するんじゃねえよ、何もお前らの飯を取り上げようってんじゃねえ」
小作に恵んで貰う程落ちぶれちゃいねえや、と庄屋の息子はせせら笑った。
「ただ、聞きてえことがあるのよ。
おめえ、山で人魚に会ったってのは本当か?」
男はぴくりと身を震わせた。平静を装おうとしたが無駄だった。
「その顔は本当見てえだな」
庄屋の息子は、神妙さを装って頷く。
「あそこは禁忌の場所だ、お前、誰に断って魚なんか取りやがった?」
「違う、魚を取りに行った訳じゃねえ!」
男は反論した。
深刻な凶作にも関わらず、それでも村人があの滝で魚を獲らなかったのは、確かにそこが禁じられた場所だからだ。
だからこそ、こっそり死にに行くにも相応しいと思った。
「俺は死のうとしたんだ」
「だが生きてるじゃねえか」
「追い返されただけだ!……人魚に。
住処で死なれちゃ迷惑だとでも思ったんだろ」
「だったらお前、案内しな」
庄屋の息子はこう言う。
「確かめてやろうじゃねえか、人魚とやらに。
お前が滝から魚盗んだんじゃねえと知ってるのは、その人魚だけなんだろ」
男は、庄屋の息子の魂胆に気付いた。
最初からそれが目的だったのだろう。
きっと、魚の分け前を貰うつもりなのだ。人魚のところへ押しかけて。
そして多分、この辺りの土地を束ねる庄屋の跡継ぎである自分には、小作農民より多くの魚を貰える筈だと考えているのだろう。
男は、庄屋の息子を案内したくなかった。
魚がどうという問題でなく、あの美しい人魚をこの男に会わせたくはなかったのだ。