五、 裏切り 1
村に帰った時、まず驚いたのは家族だった。
最初は魚に。それから、男がしゃんと立っていることに。
お前足は?と母に訊かれて、男は正直に話した。
密かに死のうとして山へ行ったこと、そこで人魚に出会ったこと、人魚が足を治してくれたこと、土産に魚を持たせてくれたこと。
けれど、人魚の仲間になれと誘われたことは黙っておいた。
何もわざわざ心配をかける必要はない。
死のうとしたことで母にはきつく叱られた。
二度と馬鹿なことを考えるんじゃないと怒られたが、その時の母の表情は、本当に安堵した様子だった。
「よかったねお前、人魚に気に入られたんだね。
だから足を治してくれて、おまけに魚まで」
男はどきりとしたが、それを顔に出すことは堪えた。
確かに、ある意味では気に入られたのだろう。
険しい面持ちで母が言う。
「でもね、もうあそこへは近付いちゃいけないよ。
あそこは禁忌の滝だ。花が散るまでは決して寄るんじゃないよ」
男は頷いたが、恐らく約束は守れないだろうと思っていた。
村の噂は早い。
男が手に入れた魚が夕餉に並ぶ頃、庄屋の息子がやって来た。
庄屋といえども、今年の大不作では満足に食べるものが無い。
小作である男よりはましだったが、それでも飢えずにいられるという訳では無かった。
男が人魚から貰った魚はとても大きかったので、両親と弟妹皆で食べても余る程だった。
だから母は、残りを隣近所に配って回った。
そこから話を聞きつけたのだろう。
「おお、美味そうな匂いがしてやがるなあ」
庄屋の息子は、戸口に立つなり囲炉裏端で焼ける魚の匂いを嗅いで、舌なめずりした。
男は土間に下りて、出迎える素振りで尋ねた。
「どなんした、何ぞ用か?」