四、 人魚の沢 4
男は後退った。
「こんなで仲間にはなりゃしないよ。
お飲み。飲んだらお前の足は治る」
男はまじまじとその液体を眺めた。
「心配おしでないよ。私はお前を騙しゃしないさ」
女の言葉を信じたからではない。
何故か、その液体を見つめる内に、次第に喉が渇いてきたせいだ。
男は、女の指先から滴る透明な水を、そっと舌で掬って飲み込んだ。
水は仄かに甘かった。
女はにまりと笑った。
「それでいいよ。さ、お帰りな。私の言ったことが本当だと分かるから」
「しかし……」
男は俯いた。
「足が治っても仕方ない。俺が死なねば、家族が苦しむだけだ」
「本当にしょうのない野郎だね」
女はざぶりと滝壷の冷たい水に入って行った。
そのままとぷんと水面に沈んだかと思うと、すぐに上がってきて、両手に捕まえた何匹もの大きな魚を、男に向かって見せ付けた。
「これをやろう。持って行きな」
女は大木の葉を取って、それで魚を包んだ。
葉っぱは大きく、一枚で全ての魚をくるんでしまった。
「こ、こんなに?」
「やる。だから帰ったら考えな。
私の仲間になるかどうか、私を食うかどうか。
気は長い方じゃないが、少しだけなら待ってやる。いいね?」
男は頷き、魚を抱えて家に帰った。
死ぬのが怖くなったからではない。
とにかく、魚を家族に食わせてやりたかったからだ。
それから、もう一度人魚の女に会いたかったから。
死んだらもう会えないから。