三、 人魚の沢 3
「言うな!これは家族のためだ、仕方ないんだ!」
死ななければ家族が死ぬ、と男は言う。
男が死ねば食い扶持が減る。その分家族が楽になるのだ。
「死んでも終わりじゃないんだよ?」
「何だと?」
男は聞き返したが、女は答えなかった。
その代わりに問い返した。
「お前、私を食らうかね?」
男は言葉を失う。意味を図りかねて呆と見返す。
「何を食うだと……?」
「私を食うかと尋ねたんだよ」
女はけらけらと笑い出した。
「人魚の肉を食った者は人魚になるとお前達は言ってるじゃないか。
不老不死だよ、首を切られない限り死なない。食わなくても死なないよ。
お前も家族も死なずに済む。ほら、いいこと尽くめじゃないか。
だからねえ、仲間におなりよ」
女はぴょいと立ち上がり、童のように手を広げて駆け出した。
男は女に釣られて立ち上がった。よろめいて、幹に手をついた。
「お前、足が悪いのかい?私が治してやろうか?」
女の言葉など無視しようとしたが、はたと顔を上げれば、既に女はそこにいて男を覗き込んでいた。
「逃げようとするんじゃないよ、失礼な奴だね」
女は桜貝のような爪で、自分の指を傷つけた。
傷口から、まるで澄んだ水のような液体が雫になって流れ出す。
「ほら、お飲み」