二、 人魚の沢 2
「仕事なんぞないわい!村は不作で食い物がねえんだ。
弟と妹が稗も食えずに腹空かせてるというのに、この上働けもしねえ俺が生きてちゃ迷惑だ。
だから、今は死んじまうことが俺の仕事だ!」
女はきょとんと男を見返した。
怒鳴ってしまってから、男は気付いた。
何も大声を上げることはなかった。
女の物言いは男にとって無神経だったが、女は男の事情など知らぬのだ。
女は若いが小娘ではなかった。
飢えにやつれた村の娘たちとは違って、ふっくらと柔らかそうな肌をしている。
不思議に思った。女は飢えていない。
山の木の実も狩の獲物も極端に少ない中で、何を食べているのだろう?
唐突に、女がにこりと笑った。
「なあんだ、お前死のうとしてたのかね」
まじまじと男の目を覗き込み、更に笑みを深めてこう言った。
「じゃあ私の仲間にならんかね?」
そこでようやく、男は思い至った。
――木に白い花がつく頃には、決して滝に近寄ってはならない。
「もしや、あんた、人魚か?」
頭上から一片、白い花弁が降る。
木の枝枝にぶら下がった、肉厚の大きな花が揺れている。
女はふんと鼻で笑った。
「里の者はそう呼ぶね」
女は男の側に腰を寄せた。
死ぬなんてお止しよ、と人魚は言った。
「つまらないよ?しんどいよ?苦しいよ?」
にこやかに朗らかな声で男に囁く。