一、 人魚の沢 1
酷い不作の年に、足の悪い男が一人山を登った。
口減らしのためだった。
男は畑に出ても働けず、かと言って狩りもできない。
豊作の年ならばそれでも良かった。
だが、日に日に飯の量が少なく粗末になっていくに従って、男は覚悟を決めた。
このまま冬を迎えれば、間違いなく飢饉になる。
家族の助けになれないならせめて、邪魔にならぬよう死のうと思った。
けれど、男の動かぬ足では山を登るなど甚だ難しく、やがて力尽きて滝の横の大木の下にしゃがみ込んだ。
疲れた。
どうせ死ぬなら急ぐこともあるまい。ここで一息入れていこう。
それにしても喉が渇いた。
ふと天を仰ぎつつ、幹に凭れて一服しようとした時、
「お前、そんなところで何してるんだい?」
声が振ってきた。
男は飛び起きる。辺りを見回す。
木の後ろからこちらを覗き見ている女が居た。
「何だい、びくついて。失礼な奴だね」
女はくくっと喉の奥で含み笑った。
白い女だった。
雪のような真白い髪を長く垂らして、白の単を染めも無い白い帯で締めている。
瓜実顔の肌もつるりと滑らかで、そして、男を見つめる涼しげな切れ長の眼は、満月のような銀色だった。
「お前、何してるんだい?」
涼やかな声が、花を揺らす風のように響く。
白い花の合間から降り注ぐ日差しのような柔らかい声。
木の後ろからひょこりと現れて、男の隣にちょこんと膝を抱える。
「さては仕事をさぼってるね、さっさとお戻りよ」
女の言葉に、男はその薄笑いをきっと強く睨みつけた。