十六、 呪い 5
「物知らずの間抜けめ、魚と妖の区別もつかないのか。
私は樹だよ。お前達が近付くなと言ってる白い花の樹さ」
女は妖樹だった。人の血を吸って茂る樹だ。
花や実には毒があり、甘い香りで誘き寄せた人間を殺して食べるのだ。
故に女の住む滝は、ずっと昔から禁忌の場所とされてきたのだ。
「本当に愚かな餓鬼だ。浅はかで、欲深で、度し難い。
わざわざ贄を集めてくれて有難うよ、お前の阿呆振りには感謝するよ!
おかげでこんなにも沢山の血を吸えたからね、あはははは!」
「てめえぇっ!!」
息子が人魚に駆け寄った。
足を振り上げ、思い切り女の頭を蹴り飛ばす。
人魚の首はすっ飛んで、縁側から庭に転がり落ちた。
男は、かっと血が上るのを感じた。
気付いた時には、息子に飛び掛っていた。
「あ゛あ゛ああぁっ!」
肩からぶつかるように突き飛ばす。
息子は、まともに体当たりを受けて、土の上に落ちた。
まさか男が歯向かって来るとは思わなかったのだ。
大人しい性分だったし、何より、男の身内も毒の肉に殺された立場だ。
しかし、男はもう不具ではなかったし、そして、庄屋の息子が諸悪の根源だと思っていた。
地面に尻餅をついた息子に、男は馬乗りになる。
殴りかかられたが、堪えた。反対に殴り返す。
「巫戯けんなこの野郎っ!」
息子の拳が男の頬骨を打ち、男の拳が息子の顎にぶつかる。
殴り合いだ。応酬はやや息子が有利だった。
両者の体勢で言えば男の方に利があるが、男は喧嘩などし慣れていない。
痛みで怯む度に振り落とされそうになり、優位を維持するにも気を配る。
このままではジリ貧だと思った。負けたくないと思った。




