九、 裏切り 5
驚くほどあっさりと、男は滝壺に着いてしまった。
思えば、それは足の悪い男でも容易く辿り着ける程近くにあるのだ。
子供達が行くなと教わるのは、子供の足でも簡単に行けてしまうからだ。
できることなら来たくはなかったと、男はその場で立ち尽くした。
その背中を小突いて、庄屋の息子が問う。
「人魚はどこだ?」
「……あそこの、木の所にいた」
白い花を咲かせる大きな木の下を指差して、男は答えた。
「よし、そこまで行け」
背を押されて、男はそちらへと足を踏み出す。
足の下に川原の小石の丸さを感じ始めた時、滝の水音に混ざって、じゃりと砂を踏む音が聞こえた。
自分の足音ではなく、木の下からだ。
いつの間にか、女がそこに立っていた。
闇の中で白い衣と白い髪が、燐光を纏うように美しく見えた。
その姿に惹かれるように、男は近付いていった。
枝の下に入ると、女は男に話しかけた。
「よく来たね、お前。魚は食べたのかい?」
ああ、と男は頷いた。
「美味かったよ。両親も弟妹も、感謝している」
その言葉に、女は不服そうに眉を顰めた。
「感謝されるために魚をやったんじゃないよ。
お前に考える時間をやるためじゃないか」
「そりゃ分かってる。けど、家族が助かったのは事実だから……」
まあいいさ、と女は笑った。
「私だって感謝されて悪い気はしない。
お前の悩みが無くなったなら、そりゃ重畳だ。
で、」
ふと、女の顔から笑みが消える。
「お前は一体誰を連れてきたんだね?」




