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十二人の姫君  作者: 紗妃
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第5章 選択の未来


「お断りいたします」

 きっぱりとしたメイの言葉に、チタールが、その細い眼を見開く。

「それがどういう結果をもたらすことになるのか、承知された上で言っておられるのでしょうな」

「ですから、私が!」メイは、一歩にじり寄った。「私が、このままこの城に残ります。ですから、妹達は、どうかご容赦を……」

「ならん! ならん、ならん!」叫ぶと同時に、チタールは椅子から乱暴に立ち上がった。「政は子供の遊びではないのだぞ、メイ皇女。侮りに屈するほど、我がタタイは甘くはないぞ!」

「侮りなど……!」

 必死に言い縋るメイ。しかし、チタールは聞く耳を持たなかった。

「ルーヴェラントには、既に神の力など存在していない。我等タタイは、ここに宣言する。ルーヴェラントに攻め入り、その国土を我が物とすることを!」

 青ざめ、躰中を小刻みに震わせるメイを見下ろし、チタールはニタリと笑った。

「ルーヴェラントは終わりだ。それもこれも、メイ皇女、そなたの誤った判断のせい。即刻国に引き返し、泣いて民に詫びるのだな」

「そんな……」

 甘かったのか? 自分の勝手な判断が国を滅ぼすことになってしまうのか?

 いや、そうではなかったのだ。そもそも、これこそが、初めからタタイの狙いだったに違いない。無理難題を押しつけ、それを拒否したルーヴェラントに攻め入り、力で我が物にする。自分は、その策略にまんまと乗せられてしまったのだ。

 タタイの卑劣さを見くびっていた自分が、酷く情けない。

 がっくりと肩を落としたメイの頭上に、チタールの下卑た笑い声が降り積もる。続く言葉は、その考えを裏打ちすると同時に、彼女を地獄へと叩き落とした。

「そんなに悲観することはないぞ、メイ皇女。教えてやろう。そなたが首を縦に振ろうが、横に振ろうが、結果は変わらんのだ。我が申し出を承知すれば内部からジワリジワリと、拒否すれば武力を持って、貴国を我が物としただけのこと。それが政の駆け引きというものよ」

 目の前が真っ暗になる。

 床の上の握り拳がカタカタと震えた。

 もう、終わりだ。

 ルーヴェラントの平和は、もう潰えるのだ!

 その時……。

 不意に優しい温もりが肩に触れた。

 顔を上げたメイの瞳に飛び込んできたのは、星空を切り取ったように煌めく双眸。

「メイ。そんな奴に頭を下げる必要なんかねぇぞ」

 壇上のチタールにまで届く声で、サリオは言った。

 完全な圧勝を確信していたのだろうチタールにとっては、想定外の 反抗的な物言い。怒りの余り、カッと頬が朱を帯びる。

「何奴か! 下がれ、無礼者め!」 

 裏返った金切り声で叫んだ。しかし、次の瞬間、彼は息を呑み、口を噤んだ。

 顔を上げたサリオの視線の強さに気圧されたのだ。

 サリオは真っ正面からチタールを睨み付けつつ、一歩、また一歩と、壇上へと歩を進めた。呟くような言葉は、しかし、壇上に有りながら怯えた眼で少年を凝視する男と、その取り巻き達の耳に届くには充分な響きを帯びていた。

「俺は、あの日、レノワに約束した。レノワが築いた平和の国を見守っていくと。ルーヴェラントを、戦いの渦に巻き込もうとする奴は、……俺が許さない」

 その瞬間、突如、サリオの足許で風が緩く舞った。それは徐々に大きくなり、ついには、漆黒の髪を靡かせるほどに強い風の渦となった。

 渦の中心に佇んだまま、サリオがゆっくりと両腕を上げる。掌は真っ直ぐにチタールへと向けられていた。

「あんたさ、言ったよな、ルーヴェラントの神の力は既に存在しないと。それ、間違ってるぜ。そんなに言うなら、……今、この場で見せてやるよ。ルーヴェラントの真の神の力ってヤツを……」

 突如、激しい振動が城全体を包んだ。

 崩れる岩壁。鼓膜に突き刺さる絶叫と悲鳴。

 逃げなければ! そんな思考に逆らい、遠退く意識。葛藤の中で、メイは感じていた。躰の上に覆い被さり庇ってくれる温もりの確かさ。その掌は、自分の物より二回りも小さいくせに、なぜかひどく安心できる強さをはらんでいたことを……。



     ☆   ☆   ☆



 ひどく眠い。躰中が疲れ切って動くことがおっくうだ。

 しかし、躰の重さに反し、脳は訴える。思い出さなければいけない何かがあったはず……。考えなければ……。思い出さなければ……。

 重い瞼をゆっくりと持ち上げる。

焦点の定まらない視界。何度か瞬きをするうちに、次第に輪郭を際だたせる風景。

 見覚えがある。ここは何処だ? ぼんやりとする頭で、必死に考える。

 ああ、そうだ。思いだした。ここはルーヴェラント。城の背を護るポーの森。小さい頃の遊び場だった平野だ……。ひどく懐かしい。

 首を回す。

 傍らに胡座を掻く小さな影。草を噛む横顔に、ひどく安堵する。

「だい、じょうぶ、……か?」

 少し掠れた声で問う。

 メイが眼を覚ましたことに気付き、少年は草を吐き出した。彼女の問い掛けを別の意味に取ったようだ。ニヤリと笑う。

「ああ、大丈夫だ。あいつは何も覚えちゃいない。地震で城が崩れた。せいぜい、そう思うくらいさ。心配する必要はねぇよ」膝を抱え、座り直す。「結局、俺、あんたのこと、とやかく言えねぇよな。俺がしたこと自体、力に頼ることだもんな。これじゃ、レノワに顔向けできねぇや」

 横顔しか見えないが、そこに苦渋の笑みが浮かんでいることに、メイは気付いた。

「お前……、何者?」

 微かな問い掛けは、しかし、あっさりとかわされる。

「俺のことなんか、どうでもいいだろ。それより、これで、周辺国は当分動かない。ルーヴェラントの神の力は噂になるだろうからな」静かな漆黒の眼が、上からじっとメイを見据えた。「その間に、あんたには何ができる?」

「え?」

「暫くは続くだろう平和の間に、次の平和に繋げるため、あんたは何ができる?」

「何が、って……」

 怠いと叫ぶ我が身を叱咤し、躰を起こす。それによって、サリオとの視線の上下位置が逆転する。

 膝を抱え、空を見上げてサリオは言った。

「俺はさ、レノワの判断は正しいと、今も信じている。だけど、それは所詮、三百年前のことだ。今の世界には当てはまらないのだといわれれば、そうなんだろうと納得するしかないや。俺達は、もう、遙か昔に消えた伝説でしかない。なら、伝説は伝説らしく、おとなしく引き下がるしかねぇんだろうぜ」

 サリオの言っていることが、よく理解できない。何度か頭の中で反芻しながら、メイはのろのろと躰を動かし、彼と同じ姿勢を取る。

 ふと気付けば、眼の前には茜に染まった大空と、地平線に半分隠れた金色の太陽。こんなふうに夕陽を見たのは何年ぶりだろう。なぜか、泣きたいほどに美しいと思った。

 「なぁ……」

 躊躇い気味にサリオが声を掛ける。

「なに?」

「どうせ、怒られついでだから、……さ」

 サリオは膝をついて伸び上がると、メイの額に手を添えた。

「あんたが、真の平和を望むと約束するなら、……あんたが望む力、……くれてやるよ。もう俺には必要ないし。それで、あんたが望むものが手に入ると本気で思っているんなら、試してみればいい」

 躰のままの小さな手。ひどく温かい。その温かさのままの何かが、額から躰の中に染みこんでくるような気がした。

 不意に目頭が熱くなり、瞼を閉じる。

 零れそうになるものを必死に堪えていると、耳許に笑いを含んだサリオの声が聞こえた。

「言っとくけどさ、俺は女が弱いと思ったことなんて一度もないぜ。少なくとも、俺の母さんは、強かった。……親父の口癖だけどな」

 一瞬の沈黙の後、サリオが立ち上がる気配を感じた。

 ふと不安に駆られ、眼を開ける。だが、突如吹き抜けた突風に、メイは再度眼を閉じずにはいられなかった。

「俺の役目は終わった。もう、俺にできることは何もないや。……がんばれよ」

 風はサリオの声さえも掻き消してしまう。

「待って、サリオ! レノワ……、レノワって、もしや……」

 必死に声を出す。

 けれど、風がやみ、メイが再び眼を開けた時には、そこには既に、サリオの姿は無かった。

 茫然とするメイ。その脳裏に、ふと、ある言葉が浮かんで消えた。

(国、真に困窮し時、夜の神再び現れ、必ずや国に力をあたえるであろう……)

「金のルーヴェの名は、確か……、レノワ。サリオ、お前は……、いいえ、貴方は、もしや……」

 しかし、メイの囁くような呟きに応える者は、誰もいなかった。



     ☆   ☆   ☆



 降るような星が瞬く夜空の下。

 ルーヴェラントが見渡せる丘の上に、独りの少年の姿があった。

 艶やかな黒髪が風に靡く。誰に語るともなく、少年は呟いた。

「なあ、レノワ。お前が最期の日、流れた星にかけた願い、俺は、それを叶えてやりたかった。そのために、長い時を漂ったよ」

 サリオの耳に、遠い日のレノワの声がはっきりと甦る。

『サリオ。私の命は、もう長くは無い。それは、私自身が一番良く解っている。私は、人としての短い生を、精一杯に生きた。自分が信じる未来のために、できる限りのことをしたつもりだ。けれど……、今、私の心には、一つの疑問が芽生えてしまったのだ。……私達が望んだ平和は、果たして正しかったのだろうか。武力を否定し、力を否定することこそが、真の平和に繋がるのだと、そう信じた私達が描いた未来の姿は、本当に正しかったのだろうか。今さら悩んでもしかたないと、お前は笑うのだろうな。どんなに惑っても、私には、それを見届けることはできないのだから。けれど、だからこそ、最期の力を込めて星に願うよ。どうか、サリオ、命尽きる私の変わりに、この国の未来を見届けてくれ。そして、もし、力ないことに迷い、平和に迷った者が現れた時には、導いて欲しい。貴方が一番正しいと思う未来へ……』

「一番正しい未来……。お前は、そう言った。だが、俺にも解らなくなっちまったよ。正しい未来。そんなものが本当にあるのか。お前と俺が望んだ平和の国は、お前が迷ったように、夢物語でしかないんだろうか、……なんて、な」

 風に乗り、自分の耳届いた自分の声に、独り、強く首を横に振る。

「いや……。そんなこと、あるわけが無いよな。ルーヴェラントの人々の顔には、何時だって笑みがある。それに、嘘のあろうはずがない」

 躰を反らし、星空を見上げる。

「俺達の役割は、もう終わった。次の時代は、次の時代に生きる奴等に任せようと思う」星屑を鏤めたかの如き漆黒の瞳が、そこに何かを探すように彷徨う。「レノワ。今更ながら、お前の苦悩、ほんの少しだけ解った気がするよ。やっぱりお前は、立派な王だった。俺なんかには、到底無理だ」

 その視線が、何かを見つけたように一点で止まる。その時、サリオの顔には、満足気な笑みが浮かんでいた。

「これでやっと、俺もお前の許に行ける。お前は、俺をなんといって迎えてくれるだろうか。小言なら、後でいくらでも聞いてやる。だから、今だけは、お前の膝で眠らせてくれ……」



     ☆   ☆   ☆


 

 メイがルーヴェラント初の女王として君臨してより百年後、ルーヴェラントは歴史からその名を消した。

 それが、戦いによって滅んだためなのか、力により領土を広大して名を変えた故なのか、今では、それを知る術はない。

 だが、長い歴史の中で、人々は一つの事を学んだ。

 平和を望まぬ者はいない。

 しかし、天を眺め、神の奇跡を待つだけでは、平和を維持する事はできない。

 権力者達の欲にまみれた戦いと欲望から、平和の花は咲かない。

 望みを叶えるためには、手を携えあい、自ら行動しなければならないのだという事を……。



     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


  流れ星はね

夜の神様から月の神様への贈り物

  だから

星に懸けた願い事は

何時か星が流れる時

きっと叶うんだよ






おわり


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