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十二人の姫君  作者: 紗妃
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第2章 忍び寄る危機


 数日後……。

 何時ものように、家庭教師のネムから講義を受けていたエプリラとメイの許に、一通の書簡が恭しく届けられた。緊急の要件とのことで、通常であれば邪魔するはずのない授業時間に割り込んできたものだ。無視するわけにもいかない。

 扉側に座っていたメイが、急使の手から書簡を受け取った。

 書簡の封を見て、眉を顰める。

 メイの様子を訝しみ、エプリラが隣から妹の手許を覗き込み、訊いた。

「……どこからなの?」

「タタイだ」

 メイが短く答える。

 その途端、エプリラとネム、両者が顔を顰めた。

 ……タタイ。

 その名は、ルーヴェラントのみでなく、他の多くの国で、畏怖と嫌悪をもって口にされる。

 遥か南東の小国でしかなかったタタイは、武力増強に力を注ぎ、ここ十数年の間に、ルーヴェラントの喉許にまで勢力を広げた軍事国家である。永世和平を唱えるルーヴェラントとは対極にある国で、しかも、持てる武力に物を言わせ、肥沃な国土を有する周辺国を、ことごとく傘下に治めるべく暗躍している。タタイの触手は、間違いなくルーヴェラントにも伸びようとしている。そのことは、常にちらつかせてくる武力と脅しによって明らかなことだ。

 忌々し気に唇を噛みつつも、メイは書簡の中身に眼を通した。だが、ざっと眼を通す時間があったろうか、突然、書簡を床に投げ捨てた。

「タタイの王子、チタールめ! 分を弁えず、何と不遜な……!」

 噛み締めた奥歯の隙間から、苦々し気に言葉を搾り出す。

 妹の様子に暫し怯えるように身を潜めていたエプリラは、おずおずと問い掛けた。

「どうしたの? タタイは、何て……?」

 メイは一つ深い溜息を吐き、次いで、足許から書簡を拾い上げると、文面を一字一句間違えることのないよう、読んで聞かせた。

 内容は、要約すると以下のようなものになる。

『至急協議したき件あり。ルーヴェラント王国の存亡に拘わることゆえ、早急、内密にて御出で願う。もしも、御出で戴けぬ場合、あるいは、周辺諸国に我が国意を密告されたる場合、永世和平国家としての貴国の命運は保証しかねる』

 読み終えるや否や、メイは書簡を手の中で丸めた。

「王子の分際で、一国の王に対し、出てこいだと……? 無礼にもほどがある!」

 吐き捨てる。

「来いといわれても、お父様は病床の身よ。どうすれば……」不安げなエプリラの呟き。

 メイは憤懣も露わ、苦々し気に言う。

「こんな話、お父様が出向く必要などない。……私が行く」

「ダメよ、メイ。お父様の代理なら、私が行かなければ……」おっとりしながらも、姉の認識はあるようだ。「この城に残る最年長者は、お父様を除けば、私なのだもの」

「チタールなど、こちらが如何に礼儀を重んじようとも、解るような奴ではない。それに……」メイの視線が不意に優しくなる。「プリエラ。貴女は来月には嫁ぐ身なんだよ。この旅で何かあったら大変だ。嫁ぎ先のオルフェーン国にも申し開きがたたないではないか」

 言いつつ、心のうちで思う。

(チタールは、女に眼のない、淫欲男と聞いている。そんな所にエプリラを行かせられるものか。)

 エプリラは、少し淋し気な視線を妹に向けた。

「ごめんなさいね、メイ。貴女にばかり、負担を掛けて……」

「気にするな。私が望んでしていることだ」

 笑いながら、メイは言った。

 男子を産めなかったことを悔やみ、母親が病の床に伏し、娘達の献身的な看病の甲斐も無く亡くなった時、国を担うべき男子のいないこの国で、国を守るのは自分だ、自分しかいないのだ。メイは、そんな言葉を自分自身に言い聞かせ、腰まであった髪をばっさりと切った。男として生きるため、男の服を着て、言葉遣いもそうした。

 母が亡くなった日、女であったメイは死に、同時に、男としてのメイが生まれたのだ。

 正直なことを言えば、時々は姉妹達のように着飾ってみたい、女として生きてみたいと思うことが無いわけではない。だが、そんな気持ちは押し殺した。そうすることが、この国にとって必要だと思ったから。

 自分が姉妹を護らなければ……。

 この国を護れるのは自分しかいないのだ。

 その言葉が戒めとなり、鎖となってメイの心を縛っていた。それを辛いと思ったことは無い。ただ、時に、ふと、全てを投げ出したいと思うことはあった。誰かに頼りたいと……。それが、叶わぬ夢であることは充分に弁えていたけれど……。


 それから、月の半周期の後……。

 メイは、男性用のチェスパに身を包み、馬に跨ってタタイに向けて出発した。

 チェスパとは、ルーヴェラントの伝統的民族衣装であり、腰の部分を布や組み紐で緩く絞った長衣とズボンを合わせたもので、動き易いよう、長衣の両脇には、裾から腰まで深い切れ込みが入っている。今では、年に一、二度の祝賀行事以外では滅多に身に付けることの無い服である。メイが敢えてそれを選んだのには理由がある。ルーヴェラントの伝統に則り、威厳を示そうとしたのだ。

 タタイ国への旅の始め、城の外門の外側を取り囲むように、他国から流れてきた流民の村がある。そこを通りかかった時、メイは無意識に、群集の一点に吸い寄せられるように視線を向けた。疲れきった民の中、独り、じっとメイを見つめる漆黒の瞳。更に凝視する。それは、僅か十歳程の少年であった。

 メイはなぜか、その瞳に惹かれた。思わず声を掛ける。

「お前……、名は?」そんな自分自身に驚きを覚えながらも、言葉を継ぐ。「流民か? 父上と母上は、何処に?」

 少年は、無言のまま首を横に振った。

 それを見かねたように、側にいた老人が少年に代わって答えた。

「恐れ入りまする、皇女様。この子は、口がきけんのでございます。気付いたら、たった独り、儂等の後を付いて来よりました。両親につ

いては、誰も知らんので……」

「そう、ですか……」年長者への尊敬の念は忘れないメイだ。相手が平民であっても、口調が丁寧になる。

 老人は満面に笑みを浮かべ、言葉を継いだ。

「儂等は、遠く、ハッサンから、戦火を避けて逃げ延びた者にございます。ルーヴェラントは平和の国。これでやっと落ち着いた暮らしが

できます。ありがたいことでございます」

 メイの口許には苦笑いが零れる。

(平和の国……、か……。異国の民には、この国が、そう見えるのか……)

「ご自愛召されよ」

 それだけ言い残し、メイは国境へと向けて馬を駆った。頭を垂れる老人を背後に残して……。



     ☆  ☆  ☆



「お召しにより参上いたしました。ルーヴェラント第五皇女メイ・フォルム・ルーヴェラントと申します。国王は病床の身ゆえ、失礼ながら私

が代わってご用件をお伺い致します」

 タタイ国の王宮内。

 王宮とはいえ、剥き出しの石造りで野暮ったく、通常の王宮につきものの、美しさや華やかさ、厳かさすら、全て省いた実用一点張りの建物だ。近隣諸国でも一際美しいと評判のルーヴェラント王宮で育ったメイの眼には、ひどく素っ気なく映った。けれど、それを顔には出さず、王の玉座を眼前に深々と頭を垂れた。

 玉座には、踏ん反り返るように腰掛ける若者の姿。タタイ国王子チタールだ。

 でっぷりとした躰を椅子に沈め、ニヤ付いている。

「おお、これはこれは、皇女殿。遠路はるばる、ご足労をお掛け致しましたな。ささ、顔をおあげくだされ」

 粘つく声。

 タタイ如き野蛮国は、外交手段も知らぬか。代理とはいえ、他国王族を前に、己は玉座に踏ん反り返るとは、何事か!

 メイは、心の中で毒づいた。

 だが、顔を上げた時、そこには穏やかな笑み。

 外交努力により、和平を手に入れたルーヴェラント。女といえど、幼い頃よりこの程度の演技力は指導されてきている。心と裏腹の感情を表に表すことくらい、雑作もない。

 だが、それも、今回の相手には意味があるかどうか……。

 チタールは、頭より躰を鍛えてきたのだろう、巨体の持ち主だった。通常、ゆったりとしているはずの玉座が、狭苦しく見える。しかし、それ以外に誉められる事は何も見付からない。ただ飾りつけただけという派手な服は、この城の簡素さに余計に浮いて見え、さらに、下品としか言い様が無い。髪を通したのは何時かと訊きたくなるような解れた髪や、だらしの無い仕草は、口にするのも汚らわしい。

 外交手腕も、同等の知識人を相手にせねば何の意味も無いのか。メイは、一つ学んだ気がした。

 しかし、対するチタールはといえば、メイの視線の先にいる己を意識してか、余計に胸を張ってみせた。それすら、メイの眼には無様にしか見えぬことを解りもせずに。

「ほう……」口許がいやらしく緩む。「男子の服装をされていても、やはり、ルーヴェラント皇女。噂に違わず、お美しい」

 通常であれば、此処で返礼として賛美の言葉の一つや二つ並べるところだが、そんな努力も空しい。メイは、率直に訊いた。

「して、ご用件は?」

 瞬間、眼をむいたチタール。侮られていることは解ったと見える。

 スッと眼を細め、メイを睨め付ける。

「随分と、せっかちなお嬢様じゃ」

 しかし、その程度の事でメイは怯みはしない。

「国許では、王が臥せっております。一刻も早く戻りたく存じますゆえ」

 一つ咳払いをして、チタールは頬杖をついた。

「そうか……。なに、大した用件ではない」

(大した用件ではないなら、手紙に認めれば良かろう。出向いて参れと言外に匂わせてきたのは、そちらではないか)

 歯噛みする怒りを、メイは笑みに隠した。

 チタールは、更に椅子に深く凭れ掛かった。

「ルーヴェラントは小国なれど、大地の神の加護ある国の称号どおり、豊かな国土をお持ちだ。狙っておる国も、数多おろう」

「我が国は、永世和平国家を宣言しております。それは、周辺諸国にも認められた権利」

 何を今さら……。タタイ如き蛮国は、そのようなことも知らぬのか。メイは再度心の中で毒づいた。

 しかし、次いでチタールの口から漏れた言葉に、メイは愕然とした。

「そのようなもの、武力の前に何の意味を持つというのだ? いくら貴国が永世和平国家を謳おうと、圧倒的な武力を持って襲われては、ひとたまりもあるまい? 襲われ、占領されてしまった後、他国の助けなど当てにはならん。……違うか?」

 己の欲の前には、国際協調という言葉すら踏みつけにすることも厭わぬか?

 メイは、顔を背けたまま、唇を噛み締めた。

「……と、まあ、そんなことを言う家臣達もおっての。しかし、武力で奪うというのは余りにも無粋」前屈みになる。「……どうじゃ。タタイが後ろ盾になってやろうか? 慈悲深いタタイでは、ルーヴェラントとの更なる親交を望んでおる」

「……と、仰られますると?」

 伺うようにメイが問うた。言葉の裏の思いは、交換条件は何か、ということ。

 チタールが、にやりと笑った。

「ルーヴェラントの女性は、こよなく美しいことで名高い。どの国も、我先に娶りたがっておる」

「誠に、光栄の至り」

「第三皇女までは既に嫁がれた。第四皇女も来月には輿入れが決まっているとか。私もそれらの国と好んでことを構える気は無い」

 何が言いたいのか。訝しみ、メイが眉を顰める。

 チタールは、弛んだ口許に下卑た笑いを浮かべた。

「貴国には、姫が十二人おられる。だが、王になられるのは一人であろう? 残り全員とはいわぬ。まあ……、五人ほどでよいわ。私の後室に迎えようと思うのだが……、いかがか?」

 瞬間、メイは凍り付いた。

「な……?」

「どうですかな? 悪い話ではないと思うが……」

 舌なめずりする音が、不気味に響く。

 今耳にした言葉が、冗談ではないことを認識するにつれて、メイの頭にカッと血が上る。

 後室とは、妾のことではないか! なんたる無礼!

 しかし、相手の表情の変化すら読めぬものとみえ、チタールの粘つく言葉は続く。

「ずっと後室にというわけではない。後室に入った者の中で、私が最も気に入ったものを正式に王妃に迎えると約束しよう。我が国の後ろ盾があれば、貴国は安泰。姉妹で我が寵愛を競い合うなど、何とも美しい光景ではないか。考えただけでも、ゾクゾクするわい」

 メイは俯き、白くなるほどに強く拳を握りしめた。それが、小刻みに震える。

「お戯れを……」

 震えるメイに、やっと気付いたらしい。チタールは、少し意外といわんばかりに眉を顰め声を落とした。

「これは異なこと。何も、それ程驚かれるようなことでも無かろう。貴国では、平和とやらを維持するため、これまでもずっと、そうされてきたではないか。妻という名の人身御供として、姫を他国へ送る」

 その瞬間、メイが僅かに顔を上げる。前髪の奥の栗色の双眸は鋭くチタールを睨み付けていた。その冷たい怒りは、さすがのチタールにも通じたらしい。居心地悪そうに椅子の上で躰を動かすと、少し早口に言った。

 「まあ、今すぐに返事をされることは難しかろう。お帰りになって国王とご相談なされるがよい。きっと良い返事をくださるだろうよ」



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