冬の入り口
十一月中頃
海の色が変わり始めていた
朝の瀬戸内海は灰色に近い
風も冷たい
海の駅戸倉の岸壁には
牡蠣作業の船が並んでいた
筏へ向かう船
ロープを積んだ軽トラ
発泡スチロール箱
冬の仕事が始まっていた
午前六時半
まだ朝ぐらい港で
汐里が荷物を運んでいる
「こっち追加お願い!」
「はい!」
声をかえして走る
長靴の音
フォークリフトの警告音
冷たい海風
以前より動きに迷いはなくなっていた
だが その分だけ仕事も増えていた
「最近 奥崎行けてませんね……」
休憩中 汐里が缶コーヒーを持ちながら言う
私は岸壁で出荷表を見ていた
「今は こっち優先や」
短く答える
牡蠣の時期は
海の駅戸倉も一年で最も忙しい
朝が早い
人も足りない
出荷は天候にも左右される
奥崎へ回す余裕は 確実に減っていた
午後
私は車で道の駅奥崎へ向かう
海沿いの道を走る
冬の空は低かった
奥崎大橋の工事は続いている
橋の横に組まれた足場が
灰色の海の中へ伸びていた
道の駅奥崎へ着く
シャッターを開ける
だが 今日は利用者も少ない
工事関係者が数人
配送業者が一人
高齢の男性がトイレを使っていく
静かだった
私は事務スペースで求人票を見る
『短時間パート募集』
週二~三日
午前のみ可
未経験可
条件はかなり下げていた
それでも 問い合わせは少ない
地元に人がいないわけでもない
ただ 皆それぞれ別の仕事を抱えている
介護
漁業
配送
家族の世話 生活が先だった
以前声をかけた元スタッフにも
また会った
だが返事は変わらなかった
「気にはなっとるんですよ」
五十代の女性が申し訳なさそうに言う
「でも今の職場 急に抜けられなくて」
介護施設の駐車場だった
送迎車が並んでいる
私は無理に勧めなかった
「分かってます」
本当に分かっていた
この地域は 暇な人が少ない
人手不足は どこも同じだった
夕方
道の駅奥津の窓から橋を見る
工事灯が早く点き始めていた
冬は陽が落ちるのが早い
汐里からメッセージが届く
「今日 出荷遅れそうです」
「すみません 明日も海の駅側入ります」
私は短く返事をする
「了解 無理するな」
送信してから 少しだけ考える
海の駅戸倉も回さないといけない
道の駅奥崎も止めたくない
だが 人が足りない
時間も足りない
冬は既に始まっている
十一月下旬
朝から風が強かった
海の駅戸倉の岸壁では
係留された船が何度も揺れている
ロープが軋む音
波が防波堤に当たる音
冬の瀬戸内海にしては 珍しく荒れていた
「今日 橋止まるかもしれへんな……」
私は空を見上げながら呟く
灰色の雲が低い
海風が真正面から吹き込んでくる
汐里はマフラーを押さえながら聞く
「そんなにですか?」
「横風強いと規制が入る」
奥崎大橋は海の上を渡る
風の影響を受けやすい
しかも今は耐震工事中
片側通行が続いていた
午前九時
道の駅奥崎へ着く頃には
風は更に強くなっていた
橋の警備員の無線が慌ただしい
誘導灯が強風で揺れる
「全面通行規制入ります!」
無線の声が飛ぶ
橋の前に並んでいた車が止まる
大型車
配送バン
通院帰りらしい軽自動車
海側では フェリーも減速していた
白波が見える
「汐里 中開けるぞ」
「はい!」
二人で急いでシャッターを上げる
冷たい風が建物の中へ吹き込む
暖房を入れる
椅子を増やす
ホット飲料の準備
まだ 午前だと言うのに
外は夕方みたいに暗かった
最初に入ってきたのは配送業者だった
「助かった……」
レインコート姿の男性は息を吐く
「橋 完全に止まりました?」
「今は通れません」
私は答えた
男性は缶コーヒーを両手で持つ
「ここ開いとって良かったわ」
その一言だった
その後も人が増える
病院の送迎バス
通院帰りの高齢者
工事関係者
みんな少し待つ場所を探していた
「トイレ何処ですか」
「こっちです」
汐里が直ぐ動く
以前より声が自然いなっていた
温かいお茶を補充する
床を拭く
ゴミ袋を交換する
人が増えても
前みたいに慌てなくなっていた
「すいません お湯借りてもいいですか」
若い母親が小さな水筒を持っている
横には幼い子供
「どうぞ」
汐里が電気ポットを持ってくる
子供は窓の外の有れた海を見ていた
午前十時半
入り口から女性が入って来る
二十代後半ぐらい
短い髪
少し緊張した顔をしている
「すみません……求人の件で……」
私は顔を上げる
昼前
風はまだ強い
橋は通行止めのまま
その間
私は事務スペースで女性と話していた
名前は網野波恵
近くの集落に住んでいる
幼稚園に通う子供が二人
以前はスーパーでパートをしていたが
閉まってしまったという
「長時間は無理なんです」
申し訳なさそうに言う
「平日の午前だけなら……」
私は頷く
「十分助かります」
本当にそうだった
「九時から十三時ぐらいな働けます」
汐里が少し嬉しそうな顔をする
人が増える
それだけで違った
午後道の駅奥崎の中は
避難所みたいになっていた
窓の外は白波
橋は閉鎖
でも建物の中には暖房がある
温かい飲み物がある
椅子がある
トイレがある
それだけで 人は少し落ち着く
「……なんか
今日は店って感じじゃないですね」
汐里が小さく言う
私は橋を見る
「最初から そういう場所に
なるかもしれないと思っとった」
静かな声だった
外では風がまだなっている
だが道の駅奥崎の中だけは
少しだけ温かかった
夕方前
橋の規制解除が近いという連絡が入る
人が少し動き始める
配送業者が出発準備をする
送迎バスもエンジンをかける
その様子を見ながら
私は小さく息を吐いた
売上は大きくない
派手な成功でもない
でも今日 ここは確かに必要だった




