残す理由
朝九時過ぎ
海の家戸倉の裏手駐車場に
白い軽バンが停まっていた
荷台には折りたたみ机
掃除道具
電気ケトル
紙コップ
そして 小型冷蔵庫に入った飲み物
商売というには 少なかった
「これだけですか?」
三口汐里が荷台を覗き込む
十九歳
春から海の駅戸倉で働き始めたばかりだった
帽子の後ろから結んだ紙が少し揺れる
「最初はこれだけでええ」
私は答える
「売るんじゃなくて まず見る」
汐里は少し考えて頷く
「様子見 ですね」
「そう言う事」
荷物を積み終え 二人は車に乗る
海沿いの道を西へ走る
朝の海は静かだった
漁船が数隻 沖へ出ている
途中で山道へ入る
カーブが続く
汐里がタブレットを見ながら言う
「工事車両 結構通りますね」
「午前中が多いな」
私は前を見たまま答える
「夕方には戻る流れや」
奥崎大橋が見えてくる
橋脚の周囲には工事足場
片側交互通行の信号
誘導員が立っている
大型車がゆっくり動いていた
その橋のたもとに 道の駅奥崎がある
駐車場へ入る
まだ静かだった
建物を開ける
シャッターを上げる音が響く
一年間閉まっていた空気が少し外へ逃げる
「うわ やっぱり匂いありますね」
汐里が苦笑いする
「閉まっとった建物の匂いやな」
窓を開ける
海風が入る
二人で簡単に掃除を始める
床を掃く
机を拭く
入り口近くに椅子を並べる
冷蔵庫に飲み物を入れる
十時
営業というほどではない
ただ 開ける
それだけだった
最初に来たのは 工事関係者だった
「お 開いとる」
ヘルメット姿の男が中を覗く
「休憩だけでもどうぞ」
私は言う
「助かるわ 外 風強いけえな」
缶コーヒーを一本買う
それだけだった
でも 誰も来ないよりは違う
昼前
沖崎島側の弁当屋の軽ワゴンが
橋を渡って来る
車体に小さく店名が書いてある
運転している女性が
道の駅の前を少し不思議そうに見た
「知り合いですか?」
汐里が聞く
「まだ知らん」
私は答える
「でも あの人らの仕事を取ったらいかん」
汐里は少し驚いた顔をする
「弁当とか置いたら売れそうなのに?」
「売れるかもしれん
でも それやると先に島の店が消える」
橋を渡っていく軽ワゴンを見る
「ここは奪う場所になったら終わりや」
汐里は黙って頷く
外では工事車両がまた止まる
片側交互通行の赤信号
橋の前には 短い車列
だが ほとんどの車は止まらない
信号が青になると そのまま流れていく
私はそれを見ていた
止まる車
止まらない車
休む人
急ぐ人
その流れを ただ見る
今はまだ それでよかった
午後三時過ぎ
地元の高齢男性が一人杖をついて入って来る
「ここ またやるんか?」
私は少し考えて答える
「まだ分かりません
まずは開けてみようと思ってます」
男性は椅子に座る
「トイレ使えるだけでも助かるわ」
それだけ言った
私と汐里は少し顔を見合わせる
大きな言葉ではない
でも必要の形だった
午後四時
シャッターを半分降ろす
外は少し西日になっている
橋の工事灯がつき始めていた
汐里がメモを見る
「缶コーヒー六本 お茶四本」
「思ったより出たな」
「でも 利益にはならないですよね」
「まだ 利益は考える段階ちゃう」
私は駐車場を見る
海風が吹く
道の駅奥崎は まだ止まりかけている
だが 少しだけ空気が動き始めていた
月曜日 午前十時
道の駅奥崎のシャッターが半分ほど開く
海風が建物の中を抜けていく
まだ正式営業ではない
月曜 水曜 金曜だけ
時間も十時から十六時まで
私は それで十分だと思っていた
今はまだ 開け続ける事が大事だった
「おはようございます」
三口汐里は店に入る時
誰もいないが元気に挨拶をして
掃除道具を持って入っていく
十九歳 海の駅戸倉に就職して半年ほど
普段は海の駅の方にいる
此方を開ける日に車に同乗して一緒に来る
最初は緊張していたが
最近は少し慣れてきた
「今日は風がありますね」
「橋の上 結構吹いとるな」
私は窓を開けながら答える
奥崎大橋では 今日も工事が続いていた
金属音が遠くから響く
片側交互通行の信号が赤に変わる
橋の手前に車列が出来る
それを 二人は何度も見ていた
昼前
工事関係者が数人入って来る
「今日も開いとるな」
「どうぞ休んでってください」
汐里が自然に言う
最初はぎこちなかった声も
少し柔らかくなっていた
缶コーヒーを買う
電子レンジで弁当を温める
それだけの利用
でも 毎回来る人の顔が増えていた
「姉ちゃん 今日はホットないん?」
ヘルメット姿の作業員が言う
「あ すいません まだ準備出来てなくて…」
「ありゃ 残念」
笑いながら席に座る
汐里は少し考えてメモを書いた
「冬はホット需要あり」
小さな文字だった
私はそれを見る
「気づいたこと 全部書いとけ」
「はい」
汐里は頷く
午後
地元の高齢女性が立ち寄る
トイレを使い 少し椅子で休む
「助かるわ 橋の信号長いけえ」
それだけ言う
別の日には配送業者が寄った
「この辺 自販機少ないんよ」
そう言ってお茶を買っていく
大きな売上にはならない
だが 必要は少しずつ見えて来ていた
水曜日
昼過ぎ
私は汐里を残し 一度外へ出る
車で役場方面へ向かう
以前 道の駅奥崎で働いていた人の家を
回るためだった
「戻るのは 難しいですねえ」
五十代の女性が苦笑いする
今は介護施設勤務
「いやで辞めたわけじゃないんです
でも 生活があるんで」
私は無理には勧めなかった
それは わかっている
道の駅を再開するだけでは
人は戻らない
別の日
本土にあるハローワーク
私は求人票の相談をしていた
「道の駅ですか……」
担当職員が少し考える
「正直
フルタイムは厳しいかもしれませんね」
「やっぱりですか」
「場所もありますし
橋の工事も長いですから」
否定ではない
ただ現実だった
「短時間パートなら
可能性はあるかもしれません」
私はメモを取る
条件を変える
最初から完璧な形を目指さない
それも必要だった
金曜日
夕方前
道の駅奥崎の駐車場
西日が橋を照らしている
汐里が今日のメモを見返していた
ホット飲料
電子レンジ利用回数 多い
トイレの利用あり
工事関係者 昼休憩固定化
「……なんか 売店というより休憩所ですね」
汐里が言う
私は橋を見る
工事車両がゆっくり渡っていく
「最初はそれでええ」
「ええんですか?」
「無理して広げると また止まる」
静かな声だった
汐里は少し黙る
橋の向こうを見る
沖崎島へ続く道
海
夕方の風
道の駅奥崎は まだ何者でもない
だが 完全に止まった場所でも
なくなり始めていた




