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科長さんちの日常

科長さんちの日常~ピタゴラスイッチ~

作者: リフェリア
掲載日:2026/04/11

日常系作品を書きたくなって書いてみた、習作の二本目です。


大きな事件が起きるわけではありませんが、少し変わっていて、でも本人たちにとってはそれが当たり前。

そんな日々の積み重ねの中にある可笑しさや、家族の温度を書いてみました。


気楽に楽しんでいただければ嬉しいです。

 私の夫は自衛官だ。


 帰宅して玄関の扉を開ける音より少し前に、私は立ち上がる。

 宿舎の階段を上がってくる半長靴の足音で、夫が帰ってきたとわかるからだ。


 玄関で顔を合わせると、夫はいつも通り私を抱き寄せる。

 朝もそうだし、夜もそうだ。いったい何年続けるつもりなのかと思うけれど、やめる気はお互いにないらしい。


 ハグを終えると、夫は半長靴を脱ぎ、中敷きを取り出す。

 私はそれを受け取って消臭剤を吹き、ピンチハンガーに干す。


 夫が戦闘帽を玄関左のフックのいちばん端に掛けるころには、私はリビングへ戻って、迷彩服用のハンガーを二本、ハンガーラックの手前に掛けておく。

 夫は何も言わず、上衣、下衣の順でそこに掛けていく。


 カバンはタオルケースの上。

 その中からその日使ったタオルを出し、ランドリーボックスへ。代わりに、私が手前に置いておいた翌日分を迷いなく詰めていく。


 この流れに無駄がない。

 初めて見たときは几帳面を通り越して少し怖かったけれど、今ではもう、我が家のいつもの夜だ。


 夫が荷物の整理をしているあいだに、私は追い炊きボタンを押し、着替え一式とバスタオル、フェイスタオルをテーブルの上に置く。

 夫はそれを持って浴室へ向かう。


 お風呂の時間は、きっちり十分。


 シャワーを浴びるだけならもっと早く出てきそうなものなのに、夫はシャワーをあまり好まない。湯船から洗面器でお湯を汲んで使う方が落ち着くらしい。しかも、かなり熱めのお湯で。


 以前その理由を聞いたら、少し考えたあとで、

「その方がしっくりきます」

とだけ返ってきた。


 何がどうしっくりくるのかは、今でもよくわからない。


 十分後、夫は本当に十分後に出てくる。


 バスタオルはそのまま洗濯機へ。

 着替え終わると、フェイスタオルで丁寧に髪を拭きながらリビングへ戻ってくる。


 前に一度、ドライヤーを使わないのか聞いたことがある。

 すると夫は真顔で、

「大きな音がするものは、あまり使いたくありません」

と言った。


 ……忍びの者か、と思った。


 髪を拭き終えたタオルがランドリーボックスに入るころには、私は食卓に晩ご飯を並べている。

 冷蔵庫に避けておいた分を温め直し、お茶も添える。


 夫は席に着くと、いつも通り、驚くほどの速さで食べ始める。


 速い。

 とにかく速い。


 なのに、不思議とがつがつした感じがない。

 粗暴にも見えなければ、下品にも見えない。きちんと噛んでいるのに速い。見ているこちらが心配になるくらい速いのに、唇を噛んだところすら見たことがない。


 もしかすると忍びの者ではなく、フードファイターの類なのかもしれない。


 食後のお茶は、きっちり食べ終わるころにちょうどなくなる。

 狙っているのか偶然なのか知らないけれど、それも毎日ほとんど同じだ。


 食べ終えると、夫は食器を洗う。

 拭く。

 戻す。


 そのあいだに私はアイロン台とアイロンを出しておく。


 夫は何も言わずに戦闘服へアイロンをあて始める。

 私はその横で、玄関に新聞紙を広げ、靴磨きの箱と信玄椅子を置く。


 夫が迷彩服をハンガーラックへ戻すころには、アイロン台とアイロンは片づけ終わっている。

 そうすると今度は、夫が当たり前のように信玄椅子へ座って、半長靴を磨き始めるのだ。


 本当に、機械みたいにルーティンが決まっている人だと思う。


 けれど、その正確さのおかげで、夫は翌朝も迷わず同じ時刻に家を出ていく。

 迷彩服がしわだらけだったことも、半長靴が曇っていたこともない。


 少し面倒なくらい整っていて、少し笑ってしまうくらい真面目で、でもたぶん、そういうところごと私はこの人が好きなのだと思う。


     ◇


 私のお父さんは自衛官だ。


 お母さんは、お父さんが帰ってくる少し前になると立ち上がる。

 宿舎の階段を上がってくる半長靴の音でわかるらしい。


 私には、誰かの足音どころか、足音そのものがよく聞こえない。

 だから毎回、ちょっと怖いなと思う。


 玄関でお父さんを迎えたお母さんは、当然みたいにハグをする。

 朝もやっているし、夜もやっている。毎日毎日そんなにくっついて、よく飽きないものだと思う。


 でも、あの二人を見ていると、たぶん飽きないのだろう。

 子どもが六人もいる理由が、なんとなくわかる気がする。


 ハグが終わると、そこから先はいつもの流れだ。


 お父さんが半長靴を脱いで中敷きを外す。

 お母さんがそれを受け取って、消臭剤をかけて干す。


 お父さんが帽子を掛けるころには、お母さんはもうリビングに戻って、迷彩服用のハンガーを手前に二本用意している。

 お父さんはそこに上着とズボンを順番に掛けていく。


 カバンを置き、汚れ物をランドリーボックスへ。

 翌日分のタオルを詰める。


 その間に、お母さんは追い炊きボタンを押して、着替えとタオルのセットをテーブルの上に置く。


 まるで、何かの合図で動いているみたいだ。

 どちらかが指示を出しているわけでもないのに、全部ぴったり噛み合っている。


 お父さんはそのままお風呂へ行く。

 時間はやっぱり十分。


 しかもシャワーより、湯船から洗面器でお湯を汲んで使う方が好きらしい。アッツアツのお湯で。


 前にお母さんが、

「あの人、そっちの方が好きみたいなのよね」

と言っていたけれど、正直よくわからない。


 常在戦場は聞いたことがあるけれど、あの人は常在演習場みたいな人だと思う。


 お風呂から上がると、バスタオルは洗濯機へ。

 着替え終わるとフェイスタオルで髪を拭きながら戻ってきて、乾かし終わったらランドリーボックスへ投下。


 すると今度は、お父さんがご飯を食べ始める。

 お母さんはお茶を出したあと、ランドリーボックスを回収して洗濯機を回す。


 お父さんの食べる速さは、何度見てもすごい。

 フードファイターかな、と思う。


 しかも、お茶はいつも食べ終わるころにちょうどなくなる。

 あれもたぶん、毎日同じだ。


 お父さんが食器を洗って片づけている間に、お母さんはアイロン台とアイロンを出す。

 玄関には、いつの間にか新聞紙の上に靴磨きセットと信玄椅子まで用意されている。


 お父さんが迷彩服にアイロンをあてて、ハンガーラックに戻す。

 そのころには、アイロン台もアイロンももう消えている。


 戻ってきたお父さんは、当たり前みたいな顔で信玄椅子に座り、半長靴を磨き始めた。


 私はソファに座ったまま、その一連の流れを見ていた。


 誰かが次に何をするのか、もう決まっている。

 しかも、それを相手もちゃんとわかっていて、先回りまでしている。


 お父さんが動く。

 お母さんが動く。

 気づいたら次の準備ができている。


 それはなんだか、テレビで見た工作みたいだった。


「……ねえ、お母さん」


「なあに」


「うちって、ちょっと変わってるよね」


 お母さんは洗濯機のふたを閉めて、少しだけ笑った。


「そうかもね」


 私は玄関で靴を磨いているお父さんを見た。

 お父さんは真面目な顔で、ぴかぴかになっていく半長靴だけを見ている。


「まるで、ピタゴラスイッチを見てるみたい」


 そう言うと、お母さんは声を立てて笑った。


「それ、すごくわかるわ」


 玄関では、お父さんがこちらを見もしないまま、

「何か言いましたか」

と聞いてきた。


「何でもないよ」


「何でもないわよ」


 母娘でそう返すと、お父さんは少しだけ首をかしげて、また半長靴を磨き始めた。


 たぶん明日も、明後日も、同じ音で階段を上がってきて、同じ順番で服を掛けて、同じ十分でお風呂から出てきて、同じ速さでご飯を食べるのだろう。


 そしてお母さんは、きっとその少し前から、いつも通りに立ち上がる。


 うちはたぶん、ちょっと変わっている。

 でも、こうして毎日きれいに回っているのを見るのは、嫌いじゃない。

ご拝読ありがとうございました。


仲の良い家族、あたたかい家庭というものに、とても憧れます。

この話では、少し変わった帰宅後のルーティンを通して、そんな家庭の空気を描いてみました。


きっちりしていて、少し面白くて、でも見ているとなんだか安心する。

そんな家族の姿が、少しでも伝わっていたら嬉しいです。

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