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★★★★★コメディ【10分前後】★★★★★

元花火師の寿司屋の大将

作者: 有嶋俊成
掲載日:2026/01/19

へいらっしゃい!火傷注意!

 金曜の夜、とある中年のサラリーマンがこじんまりとした昔ながらの寿司屋に立ち寄った。

 ―ガラガラガラ…バチバチバチバチッ!パァァン!

 引き戸を開けるといきなり戸の枠に沿って火花が飛び散り、サラリーマンの足元で大きな火花が飛び散った。

「ダァーーーッ‼」

 驚いたサラリーマンは頭を押さえながらその場に身を小さくして倒れこむ。

 予想だにしない出来事にサラリーマンは茫然とする。ゆっくりと立ち上がってカウンターの席が広がる店内を見渡すと、カウンターの内側で作業用の紺色ジャンパーを着た無精ひげの老人が椅子にふんぞり返ってタバコをふかしていた。ベージュのチノパンには、ところどころに焦げ跡らしき赤黒い斑点がある。

「おーいらっしゃい。」

 灰皿に吸い殻を落としながら老人が言った。

「…あなたはここの主人?」

「そうだよ?」

「なんですかこれ?」

 サラリーマンは半開きの引き戸を指さす。まだ白い煙が木枠から漂っている。

「あー、俺寝ちゃうからさ、お客さん来た時にわかるように爆竹なるようにしてんの。」

「だからってお客さんまで爆破することないじゃないの…」

 そんなサラリーマンの指摘にも大将はニコニコもしくはニヤニヤしながらけろりとしている。

「お客さんお寿司食べに来たんでしょ? そこに座んなよ。」

 大将は中央のカウンター椅子を指さす。サラリーマンは空腹も空腹なので恐る恐るではあるがそこに座る。

「いやーお客さんが来るのも一週間ぶりだよ~。うちに来たお客さんはみんな必ず火傷しちゃうからさ~。おかげでうちは星0だよ。」

「やっぱ帰る。」

 命が惜しいサラリーマンは身を翻す。

「あー待って! 待ってお客さん! わかった三割引、いや、五割引! 五割引にするから! 回転寿司よりも安いよ!」

 それを耳にした家計の一旦を担う夫としての顔を持つサラリーマンはついつい踵を返してしまった。

「本当に五割引してくれんのね? 言ったね?」

「言った言った! 赤字覚悟でやらしてもらうよ!」

 大将はジャンパーの袖を捲る。そして口にしていたタバコを灰皿に置く。

 ―ババババババパァーーーン!

 カウンターの内側からサラリーマンに向けて激しい火花が一本の道を這うようにして襲い掛かってきた。激しい閃光にサラリーマンは思わず顔を覆う。

「ぎゃぁぁぁ!」

「あーごめんね! 私、前の仕事の職業柄どうしてもこうなっちゃうのよ。」

「前の仕事なんだったんですか?」

「花火師。」

「花火師? 花火作ってたんですか?」

「そうそう、線香花火から打ち上げ花火まで作ってたよ。毎日火薬と睨めっこしてた。」

「花火師からなんで、寿司屋になったの?」

「二十歳から十五年花火師やっててね、ある日打ち上げ花火に詰める丸っこい火薬を見てた時に思ったの、ミートボールみたいだなって。」

 サラリーマンはそれが古き良き寿司屋になる動機だとは信じたくもない。

「それで、どこで修行したの?」

「沙悟浄寿司。」

 全国に店舗を展開するCMソングもすっかりおなじみの大手回転寿司チェーンだ。

「回転寿司?」

「そうだよ? 沙悟浄寿司岸部店で修行したよ? 十年間ミートボール軍艦とマヨコーン軍艦作ってた。」

「それで修行したつもり?」

「あったり前よ! 寿司作るロボットにシャリ詰めて、詰めて、詰めて、詰めまくって今があるんだから!」

 元花火師の寿司屋の大将は自信満々に胸を叩いた。少し黒ずんだ手で。

 サラリーマンは期待をしないようにして挑戦的な目でマグロを注文してみる。

「マグロね。あいよ!」

 大将は寿司桶からシャリを手ですくい上げ、マグロの刺身を取り出し、シャリと合わせて握る。リズム良く握っているようだが、素人目でみても下手クソだ。

「へい! マグロ!」

「ちょっと待ってよ…」

 出てきたマグロ寿司は、シャリが溶けた雪のように潰れ、マグロも恐らく切る方向を間違えている。というか破いたボール紙のような見た目をしている。

「あらら、どうしちゃったお客さん? 食べないの?」

「大将、これはね、寿司とはいわない。残骸だよ。小学生の工作の残骸だよ。九割引にしてくれないと。」

「そんなこと言わないでよ~。あ、そうだ! 炙りマグロにしますよ。バーナー、バーナー…」

「ちょっと待って、ちょっと待って…」

 嫌な予感がするサラリーマン。

 ―ボワッ!

 バーナーの青い火がマグロの表面に触れた瞬間、大将とサラリーマンの間にまばゆい大きな黄色い炎が現れ、瞬時に消えた。

「ギャーッ!」

 サラリーマンは人生で初めて炎の皮膚を見た。

「うーわ、はっはっはっはっは!」

 花火師はこんな状況になおも笑っている。

「大将! 危ないなもう!」

「ごめんごめん。手に火薬ついてたw」

「なんてことしてんだよ!」

「私、元花火師なもんで!」

「大将、このマグロは食えない。下げて下げて。」

「炙りマグロ食わないのかい?」

「毒物だよこれ!」

 サラリーマンは大将のヘラヘラした顔を炙ってやりたかった。

「大将、僕はね、五割引で寿司食べられるって言われてここにいるんだから。僕のお財布を救済してよ。ちゃんと得が出来るようにしてよ。」

「あーそうだよね。いっぱい食べたいよね? それじゃ張り切っちゃうから。」

 大将はそういうと店の奥から腕を大きく広げなければ持てないほど大きな半球型の入れ物を持ってくる。

「大将、中身なにそれ。」

「シャリに決まってんじゃない。」

「なんかずいぶんと真ん丸な入れ物してるね。」

「これね、二尺玉の片割れ。」

「二尺玉?」

「この中に火薬つめて空にボンッって飛ばすの。」

「まさか大将、その中に火薬混じってないだろうね?」

「大丈夫。川に落ちたやつだから。」

「川?」

「打ち上げて、不発で、川に落ちたのを、私が泳いで拾ってそのまま持ってきた。ちゃんと洗い流されてるよ。」

 大将を川に流せないものか。

「お客さん、さっそくウニの軍艦作ってあげるよ。」

 『ウニ』と聞いてサラリーマンは心躍る。そんな贅沢なネタを食べるのはいつぶりだろうか。

「へいたまや~! ウニ!」

 今まで聞いた『たまや~』の中で一番爽快で不快だ。サラリーマンは醤油を垂らして口に運ぶ。そしてすぐ吐き出す。

「大将、変な味がするよこれ!」

「変な味? そんなウニでしょこれ?」

 大将は、吐き出された残骸に目を近づけて至近距離で眺める。

「ありゃこれ湿気った火薬だ。」

 固まるサラリーマン。自分の口の中にはまだシャリッとした何かがこびりついている。

「ごめんね。お詫びにイクラあげるから。」

 大将は事前に用意されていたであろうイクラの軍艦を差し出す。

「火薬でしょこれ!」

 軍艦の上には無機質な黒い球体がいくつも乗っている。

「お客さん、これ”星”っていうんだよ。」

「知らないよ今は! さげてさげて!」

「そんじゃ次はネギトロ軍艦! たまや~!」

「どうせ湿気った火薬でしょうよ!」

「違うよ今度こそはネギトロだよ!」

 サラリーマンはネギトロ軍艦と思われるものを口に運ぶ。そして吐き出す。

「全部、ピンク色のワサビじゃないのよ! そこは火薬であってよ! ”あってよ”じゃないけど…なんでワサビがピンク色してるんだよ!」

「これ昨日、孫があま~い桜でんぶと混ぜて遊んでたやつだ。」

「どこの世界の遊びなんだよそれは!」

「ガリお待ち!」

「今出すな! あと量が多すぎんだよ!」

 サラリーマンの前に寿司下駄の上に山盛りにされた黄色いガリが立ちはだかった。そしてサラリーマンはすぐにそのガリに隠された異変に気付いた。

「大将、ガリにしては随分と酸味を感じないじゃない。こんなに大量にあるのに。」

 大将はよーく目を凝らす。

「これ…手持ち花火の先についてるヒラヒラの紙だ。」

「なんでこんなものを提供するのよ大将。」

「いやーどうも私年寄りなもんで目が悪いもので…」

 その目を”星”と取り替えてやろうか?

「大将、保健所に通報してもいいんだよ?」

「ズワイガニと伊勢エビ入ります!」

 大将の眼は、突如として寿司に一生かけた一流職人のごとく真っ直ぐと先を見据え始めた。

「おーこいこいこい! 特級の甲殻類をここに出しなさい!」

 飲食店経営者よ、お前はそんなに保健所が怖いか?

「ズワイガニ~ズワイガニ~身が躍る~伊勢エビプリプリ?ありきたり~」

 大将が、クッソダサいジングルベルの替え歌を歌いながら立派なズワイガニと伊勢エビを持ってきた。大きな皿に乗せられたズワイガニと伊勢エビにはパーティー用の火がパチパチしている花火ろうそくが刺さっている。甲殻類の外骨格を一体なんだと思っているのか…?

「大将! 良いじゃない! 粋じゃないこれ! これが五割引なんてたまんないよ!」

「でしょ!お客さん! この殻の中にはジューシーな火薬がいっぱい詰まってるよ~!」

「ギャーーーーーーーーーーッ!」

 ろうそくが倒れる。

 ―ドカーーーーーーーーーーン!!!

 街中にたたずむただの小さな昔ながらの寿司屋。そこから聞こえてきたのは、大将の威勢のいい声ではなく爆音だった。

 カウンターでは伊勢エビの頭が口にめり込んだ大将が失神している。

 サラリーマンは引き戸を突き破り、外に吹っ飛ばされていた。スーツはところどころが破れて穴が開き、肌も(すす)だらけ。自分に覆いかぶさる暖簾や椅子をかき分けて弱弱しく体を起こす。

「はぁ…はぁ…海が見える…」

 そう言い残して気を失った。


  ――終わり

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