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煙の旅人  作者: さい
1章 忘れた世界
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8.初依頼


 

 宿の裏庭を借りて、剣の素振りをしていると、やや寝不足そうなアナベルが朝食に呼びにやってくる。


「シガーさんはお元気そうですね。今日は依頼を受ける予定ですか?」

「昼に防具を受け取ってからな。何かあるのか?」

「シガーさんがお肉をとってきて下さるなら、買い出しの内容を変えようかと思って」

 

 食い物用の亜空間は今は空だ。時間を止める事ができればいいのだが、精々遅くする事と、空間を冷やす事しかできなかった。

 

 いつか食べるだろうと生肉を入れておいて、何度も腐らせたのは苦い思い出だ。

 

「何の肉がいい?」

「ふふっ、選べるんですか? では、ファングボアでお願いします。もちろん、他の魔獣でもいいですからね!」

 

 大猿は、より大きくなっていたが、姿形はミレナリアのものと変わらなかった。

 ファングボアは、Cランクの両牙に雷を帯びた魔猪だ。ソルードでも同じだろうか。


「分かった、ファングボアな。見つけたら狩っておく」


 


 朝食を食べ、部屋に戻り剣を選ぶ。あまり目立たない剣がいい。手元の剣は、騎士団の紋章入りで使いにくい。

 

 亜空間から一本の剣を取り出し、鑑定をする。

 

▪︎グラディア

製作者:ヴェルタ 

性能:なし

構造: 細身・長めの刀身・緩やかに湾曲した先端。


 学生時代に打ってもらった剣だ。切れ味は充分、扱いも無難だ。しばらくはこれで行こう。


 

 剣の手入れをし、昼を過ぎた頃に防具屋へと向かう。


「ああ、取りに来たか。できてるぞ」

 

 ランドルは胸当て、足から膝を覆うレザーブーツ、剣の補強用の前腕バンドをカウンターに並べる。


「トレントの樹液と、砕いた魔石を皮に塗ってある。これで防水、防刃はそこそこ効く。だが、手入れは怠るなよ。まあ、ちょっと付けてみろ」

 

 装備をつけ、軽く動いてみるがかなり軽い。採寸もしていないのに、よく身体に馴染む。

 経験かドワーフのなせる技か、はたまた両方か。



「軽いな、それに動きやすい。このまま付けていっていいか?」

「特に問題なさそうだな。じゃあそのまま持ってけ。手入れ用の樹液が欲しけりゃ、また寄ってくれ」

「助かる。そういえば、使う魔石によって効果は変わるのか?」

 

「何だ知らなかったのか。そうだ。どの属性の魔石でも耐久性が上がるのは同じだ。ただ、水は防水、火は防火って属性に付随した効果が乗る。加工が難しい魔石もあるが、そこは職人の見せどころだ」

 

 なるほど、渡したのは水の魔石。それで防水なのか。


 

 礼を述べて、代金を払い防具屋を後にする。

 さて、これで依頼を受けられるな。初依頼に相応しい、手頃な依頼はあるだろうか。

 そう考えながら、冒険者ギルドへ向かった。


 

――


 ギルドには、二つの掲示板がある。依頼書用とパーティ募集の要項などが貼られたものだ。

 依頼書の掲示板は、ランク毎に分かれ掲示されており、かなり見やすい。


 目当てのCランクの依頼を確認すると、ちょうど良さそうな依頼書があった。



発行元:カルントギルド

依頼主:シネル商会

対象:ファングボア・魔狼系

ランク:C、D

個体数:三体以上。

内容 : カルント付近の街道に現れる魔獣を、可能な限り討伐。別途報酬あり。三日後通過予定。



 何枚か重なっている依頼書を一枚剥がして、フィリカが担当している受付へ持っていく。


「こんにちは、シガーさん。初依頼ですね」

「記念すべき、な。依頼達成はギルドに報告か?」

「はい。ギルドで確認後、依頼主から預かりの報酬が支払われます」

「そうか、なら行ってくる」

 

「お気をつけて。セラフィ様のご加護がありますように」


 礼を言って冒険者ギルドを出る。



 驚いた。神まで同じとは。


 ――セラフィ

 破壊と再生を司る月神。ミレナリアの伝承でも、セラフィの涙で瘴気は浄化される、とあった。

 それ故に、遠征時は月神に擬えて(なぞらえて)祝福を願うのは、前世界でも常だった。


 

――


 カルントの関所まで来ると、昨日と同じ門衛がいた。

 俺の顔を覚えていたのだろう、目を丸くしてこちらを見ている。声をかけようか、かけまいか悩んでいる様子だ。


 誤解を解いておくか、と門衛に声をかける。

 

「昨日はありがとな。今日から冒険者になったんだ。しばらくこの街で世話になる」

「ああ、そういう事でしたか。分かりました」

 

 ついでに、この街道の状況について尋ねる。


「最近の街道は、とにかく魔物が多いんですよ。この間も商隊が襲われて、積荷が半分だめになってましたね」

「警邏の巡回は?」

「辺境伯様が警邏隊を置いてくださってますが、最近手が回ってないみたいですね。街側の街道は、もう冒険者にお任せなんだとか」


 なるほど、それでギルドに依頼が回ってくるのか。

 門衛に依頼で外に出る旨を伝えて、街道に出る。



 しばらく街道沿いに進むと、拓けた草原の向こうに、魔狼が二匹見えた。まだこちらには気付いていない。

 

 剣を抜き、駆ける。

 獲物に気づいた魔狼は、牙を覗かせ姿勢を低くした。


 先に仕掛けたのは魔狼だった。


 跳躍し、正面から噛みつかんとする魔狼を右に避け、首に一太刀入れる。

 その流れのまま、二匹目の首も断つ。



 この場では解体せずに、そのまま亜空間にしまう。

 

「さて、あと一匹だな。ファングボアだとありがたいんだが」




 幸いにも次に発見したのは、ファングボアだった。

 鋭い牙を、静電気のようにばちばちと鳴らす。露骨な威嚇だ。



 一歩、土を踏む。



 ファングボアの足が地を蹴る音と同時に、全身の毛が逆立った。雷気を纏う牙が、真っ直ぐこちらを貫こうとする。



 すれ違い様に太い喉を裂き、巨体は勢いのまま前へ滑り、土煙を起こした。


 髪の先に散った火花が、焦げた匂いを残す。


「慣れてんだよ、こういう仕事は」



 ――



「達成報告ですか?」

「ああ、終わった」


 フィリカにギルドカードを預ける。

 それにしても、この時間のギルドは人が多いな。

 皆、朝に依頼を受けて、暗くなる前に切り上げるのか。

 

 考えているうちに確認が終わり、カードと報酬を受け取る。


「初依頼はどうでしたか?」

「正直なところ、手応えは薄いな。まあ、ありがたいと言えば、そうなんだが」


 苦笑交じりに答える。


 森の深部でも討伐をしていた身からすると、Cランクの魔物相手では、やや物足りない。

 体を鈍らせないためにも、もう少し骨が欲しいところだ。


「そうですか。では〈囁く樹海〉に挑戦してみるのはどうでしょうか」

「囁く樹海?」

「知りませんでしたか? 魔獣の森にある大陸最大の迷宮で、三階層が最大到達層です」

「知らなかった。森にもあったのか」


「ええ、囁く樹海の攻略情報が書かれた本もありますが、買いますか?」

「よし、買おう」

 

 飛びつくように購入を決めた。

 

 迷宮は最下層のボスを倒すと、周囲の瘴気を急激に吸収する。そのため、冒険者一丸となって、各迷宮を攻略するのだそうだ。




 不意に背後で床が軋む音がした。


 振り返るより先に、ざっと周囲の視線が同じ方向に吸い寄せられる。

 


「いけねぇなあフィリカ。あの迷宮を新顔に勧めちゃあ」

 

 戯れに獲物を傷つける、獣のような声だ。


 振り返ると、長躯でしなやかな筋肉を持つ、金髪の男がいた。男はそのまま話を続ける。


「なあ、フィリカ。見込みのありそうな男なんだろう? だが、新顔をそんな簡単に死地に送るのは、戴けないなあ。戻れなくなるぜ、色んな意味でな」


「レオさん、私も誰彼構わず勧めている訳ではありませんよ」


 と呼ばれた男はふうん、と見定めるような視線を寄越す。

 

「余程危険な場所なんだな?」


「あそこは一層降る毎に魔物の強さが桁違いだ。一層はBランクだが、二層に行った瞬間AかS級が平然と出る。んで、三層は誰も完全に地図が描けてねぇ」


「生き急いでいるつもりはないが、お前に言われて、余計に行きたくなったな」


 忠告したつもりだったのだろう。悪いな、当てを外して。

 

「充分、生き急いでるじゃねぇか。あんた、イカれてんのか?」

 

「これでも前職では、相当の魔物を討ってきた。引き際は理解してるさ」

「そうかい、そうかい。俺はレオ、Sランクだ」

「シガーだ。Dランクになったばかりだ」

「なんだ、やっぱまともじゃねぇな」

 


 レオはこの街を拠点に、パーティで迷宮に潜り、最高層の三層で探索中だという。最前線とまでは行かないが、上位のパーティらしい。



 レオには、ああは言ったが、まだ迷宮に潜るつもりはない。装備も準備も不充分だ。

 まだ見ぬ迷宮という存在に胸が躍るが、こればっかりは仕方がない。


 

お馬さんは次に来る出番まで待機中

来るかな、出番

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