2.知らぬ紋章
流れる紫煙を横目に歩く。
しかし、目の前の景色に足が、ふと止まる。
「とんだ見当違いだったな」
先ほどの意気込みはさっぱり無駄となり、魔物と出くわす事もなく、呆気なく森から脱出した。
周辺に人影はなく、捜索組と出会うこともなければ、探知に反応さえしなかった。太陽の位置からしても、それほど時間は経っていない。が、面倒な事に乗ってきた騎竜もいない。
先に歩いて帰るか、となんとも気まずい気持ちを抱えながら、歩き出す。
街道にまで出ると、周辺地図を思い出しながら村を目指す。たしか、あの村には馬屋が居たはずだ。
ほどなくして小さいながらも、子供たちの笑い声が微かに響く、活気のありそうな村に到着する。幸い馬屋はすぐに見つかった。
馬房には五頭ほどの馬がいる。
森の近くの村だからだろう。討伐中に馬が負傷するのは良くある事だった。他の村ならこんなに馬が揃えられている事はない。
馬の世話をしていた主人が、こちらに気づき外に出てくる。
「あれ騎士様、どうなさったんで?」
「騎竜を森に逃してな。躾はしてあるから勝手に帰るんだが、見ての通り俺の足がなくなった」
戯けたように話すと、やや緊張していた様子の主人の顔が和らぐ。
「それは大変なこって。馬は一日銀貨一枚でいかがです?」
「ああ、それはいいんだが、生憎持ち合わせがなくてな。代わりにこれを預けるよ」
両腕から紋章入りのカフスを外し、主人に渡す。
「後日、そのカフス以上の代金と馬を一緒に届けるから、売らずに持っておいてくれ。足りないなら、この指輪でもいい」
「へえ、こんな高そうな物ならお釣りがでますよ。騎士様はどちらのお貴族様のとこで?」
屋主はカフスの紋章を見つめながら尋ねた。
「ああ、アロネス騎士団だ」
「へえ、聞いた事ないなあ。騎士様は王都の方から来たんで?王都まで行くには、馬でも最低3日はかかりますぜ」
「そうだな、やはりカフスでは心許ない。この指輪を代金に、馬ごと買わせてくれ」
「そりゃ構わねえですが。本当にこんな高そうな指輪をいいんで?釣りは出せそうもないですが」
左手に付けていた指輪を外し屋主に差し出す。主人は恐る恐る両手で受け取り、指輪を見つめていた。
「ああ。急に買い取りさせて貰ったんだ。これで余裕を持って帰れるよ。そうだ、この村の名前を聞いてなかったな」
「この村に大層な名前なんて! 精々ガルダン辺境伯領の東の村ってとこでさあ!」
ははっと、少し誇らしそうに笑う屋主に礼を告げ、馬屋を去ろうとすると、再び声が掛かる。
「釣りはだせねぇですが、ここから真っ直ぐ街道に向かった先に、そこそこの街があるんです。そこに、従姉妹が北の春風って宿屋をやってましてね。当てがないんなら、是非寄ってやってくだせえ! 東の馬屋の紹介っていやぁ、夕食のおかずが一品増えるかもしれねぇんで!」
「東の馬屋には親切な主人がいたって伝えないとな。指輪はそこら辺の質屋に売らず、確かな所に売ってくれ」
騎士服を着ているからか、偽物などとは疑いもしていない馬屋の主人に、内心苦笑を浮かべながら、今度こそ村を発す。
買い上げた馬は、よく手入れをされており人柄が出ているようだった。
正直、王都の方面がわからなかったから助かった。馬よりも、馬屋の主人に助けられた気がする。
さて、本当に此処は何処なのだろうか。




