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煙の旅人  作者: さい
1章 忘れた世界
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16.取捨選択


 迷宮の帰り道、森が浅くなる頃だった。


 魔獣の咆哮と金切り音。誰かが、魔獣の討伐依頼でも受けているようだ。

 走り、人が倒れる重たい音。近づいてきている。

 

 魔獣の横取りは実質ご法度。パーティ外の人間が手を出せば、揉め事の種だ。

 

 音から避けるように歩みを進めたが、後ろから切羽詰まりの声がかけられる。後ろからは、二体のファングボアが迫る。

 

 狂化している。

 体格は増大し、牙が二本に増え、付近に黒く瘴気を散らす。目には理性など感じられず、獲物だけを見据えていた。


 片方はそれなりに追い詰めたのだろう。胴体には傷が刻まれている。

 

 煙で二体の動きを抑え、状況を聞く。


「おいっ! あんた、助けてくれよ!」

「お前らの依頼はこいつらの討伐か?」

「ああっそうだよ! どうでもいい事いってねぇで早くしろよ!」


 まったく助太刀を頼む態度ではない。

 助けを求めた男は、腕と足に牙で裂かれた傷。他の男女二人も同様の傷を負っている。

 

「依頼譲渡と素材の権利が条件だ。カードの討伐記録は、お前らも載るからな」

 

 今日はファングボアを狩れていないから、ちょうどいい。後はこいつらが、ギルドで譲渡の報告をするだけだ。


「そんなの無理に決まってんだろっ! 傷を負わせたのは俺らだ!」

「なら解く。三つ数える」


 一。牙が床を削る音。二。男の喉が鳴る。

 

「っ、わかった。それでいい!」


 ファングボアを纏う煙を、そのまま刃に変えて斬り落とす。交渉通り二体とも亜空間にしまい、北の春風に納品する肉を手に入れた。


「歩けるな? ギルドに報告しに行くぞ」

「……ああ、わかった」



 

 ギルドでの依頼譲渡と達成報告をしようとした時に、それは起こった。


「こいつが俺らの獲物を横取りしたんだっ!」


 こちらを睨み付け、さも自分らが正義であると宣言する男。


 フィリカは訝しげに、こいつらと俺を見比べる。

 獲物の横取り。ギルドにいた冒険者からは俺に、困惑の目が向けられていた。


 判断を誤った。肉より静穏を優先すべきだった。


「では、お二方の言い分をお聞きしましょう。シガーさんからどうぞ」

「狂化したファングボア二体から撤退中の彼らに、救援依頼を受けた。俺は、依頼と素材の譲渡を条件に承諾した」

「狂化ですか……わかりました。死体を出してもらっても?」

「構わないが、かなりでかいぞ。解体受付に置く」


 二体のファングボアを出すと、フィリカと周囲からどよめきが走る。


「かなり大きいですね……。それに牙が二本、間違いなく狂化個体です。街に来る前に倒していただき、ありがとうございます」

「狂化個体は美味いからな」

「ふふ、そうですか。あ、それではあなた達も状況の説明をお願いします」


 思い出したかのようにフィリカに促され、男は時折吃りながら説明を始める。


「こ、こいつがっ、俺らが戦っている時に急に出てきて、横から掻っ攫ったんだ! 後少しで倒せそうだったのに!」

「撤退はしておらず、二体とも討伐間際でシガーさんが止めを刺した、という事ですか?」

「そ、そうだっ! そのまま素材まで奪われた!」


 フィリカはギルドカードを機械にかざし、確認する。


「あなた達に二体目の討伐記録はありません。それに、狂化ファングボア二体の推定ランクはCからB。あなた達パーティはDランク。本当に倒せたんですか?」


 ギルドカードの判定は、効果的な攻撃を与えた場合につく。フィリカは彼らを疑わしく思っているようだ。

 

「だ、だとしても、横取りはルール違反だろうがっ!」

「それはあくまで、冒険者間のマナーです。明確なルールはありません。そこが気になるなら、冒険者の皆さんに聞いてみますか? 皆さん! 今回の横取りに関して、どう思われますか?」


 フィリカのよく通る声で、野次馬をしていた冒険者たちに尋ねる。待ってましたと言わんばかりに、次々と声が上がる。彼らにとっては一つの娯楽になったようだ。


「狂化個体に遭遇して命があっただけ、ありがたく思えよ!」

「いやあ、シガーは横取りなんて真似しねぇだろ」

「Dパーティじゃ無理だろ。あいつらぼろぼろだぞ」

「シガーもまだCランクだぞ」

「えっ、あいつまだCなの!? 詐欺じゃん!」


 冒険者の反応はさまざまだ。

 どうやら、それなりに信用は得られているらしい。

 

 反応を受けて、フィリカが決定を下す。


「今回は、ギルドでシガーさんに依頼変更を行います。シガーさんは、彼らに危険補正と治療代として、素材の四分の一を譲渡して下さい」

「ああ、わかった」


「贔屓だろっ、こんなの!」


 まだ納得ができない様子で、男たちはフィリカに食ってかかる。

 

「あなた達は以前、依頼人に対して依頼品の誤魔化し行為をしましたね? 今回の結果は、贔屓ではなく信用の差によって決定しました。今後は、依頼に対して誠実にお願いします」


 何も言えなくなった男たちは、ただこちらを睨み付けている。

 また絡まれたら堪ったものではない。さっさと解体をしてもらい。彼らの素材分を渡して、ギルドを後にする。


 外に出ると、後ろからティネルに声をかけられる。

 

「シガー! 災難だったな!」

「そういえば、お前も野次馬をしてたな」

「面白かったー! あれ、ざまあって言うらしいぞ? 俺あれから勉強したんだ。王都で流行ってるらしい!」


 最初にギルドで絡まれた時の事か。

 ティネルの勉強の方向性は、だいぶ変わっているようだ。


「そうだ、この前礼に飯を奢ると言ったな。気晴らしに飲み行くか」

「やりぃ、行く行く! 行きたい店があるんだ、案内する!」



 ティネルに連れられた店は、賑わいながらも、落ち着いた雰囲気だ。あまり、若者向けには見えない。入ると奥まった席に通され、つまみがすぐに出される。


 店員に酒と料理をいくつか頼み、ティネルに視線を戻す。


「ティネル。高級志向の店に連れてきたな?」

「へへ、ばれた? 俺らのパーティじゃ、こんな店で食事なんて肩肘張ってできないからさ。シガーはなんか雰囲気? みたいなのあるじゃん」

「雰囲気か。まあ、多少はあるのかもな」


 周囲に馴染むよう努力はしているが、身についた立ち居振る舞いは、そう隠せるものではない。

 平民が貴族に嫁ぎ、マナーを身につけても、ふとした瞬間に粗は出る。たまに見る光景だった。もちろん、その逆も然りだ。


「なあ、詮索とかしない方が良いんだろうけど、貴族だったのか? 嫌だったら答えなくて良いけどさ」

「別に詮索が嫌って訳じゃない。意味がないだけだ。家名は言わんが、俺は確かに貴族だったな」


 この世界において、俺の背景など意味をなさないだけ。


「やっぱそうだったんだ。なーんか違うと思ってたんだよなあ。シガーってあんまり他の奴と連まないじゃん? そのせい?」

「そうか? お前やレオとはたまに話してるだろ」

「門が狭すぎんだよー。今まで友達いなかったのか?」


 呆れたようにティネルは言った。

 部下なら大勢いたが、友達か。


「あまりいないな。戦友ならいたが」

「ほらー。今度俺らのパーティと一緒に飯食お? そんで友達つくろ?」

「人脈に困ってはないが、まあいいか」


 はあ、と肩を落とすティネルを横目に、運ばれてきた料理を眺める。

 ティネルも料理をきらきらと見つめ、機嫌は治ったようだ。目にも楽しい、凝った料理が多い。


「うまそー! ね、ナイフはこうでいいの?」

「こう、少し立てた方が切りやすい」

 

 こっちのマナーは知らないが、品がよく見える食べ方をたまに教える。ティネルも楽しそうに貴族ごっこを始めた。

 先も思ったが、変に学習意欲がある奴だ。


「これからもっと昇格して、貴族との食事の機会もあるかもだし! 覚えておいて損はなし!」

「冒険者は貴族と食事する機会があるのか?」

「ランク上がるとあるって聞いた。迷宮産の珍しいもん欲しがるって。なんなら、高ランクは貴族と同じような扱いだし」


 スタンピードを防げる冒険者が自領にいれば、それだけ領地の寿命は伸びる。

 自領地に迷宮がある領主は、冒険者には高待遇で、長く留まって欲しいのだろう。


 ティネルは奢りだからと、最後にデザートを頼み、全てを綺麗に平らげた。いっそ遠慮がなくて気持ちが良い。


 

 夜も遅くなりティネルと別れ、帰路に着く。

 歩いていると、後ろでざっと足音がした。


「奇襲のつもりか?」

「バレたならしょうがねえ。あの後俺らは笑い者だ。あんたは強いかもしれねぇが、傷も治したし、こっちは三人だ!」


 ギルドでの目線。腹に何か抱えていると思ったらこれか。報復に対しては、どれほど傷害を与えて良いのか、聞いておくべきだったな。


 男二人は剣を持ち駆け出す。女は魔導具を構え、詠唱を始めた。


「死ねええっ!」

「火よ、彼の者を打ち払え!」

 

「落ち着けよ。こんな夜更けに迷惑だろ」


「! ん゙んっーー!」


 三人の体に煙が纏い、身動きを封じる。ついでに口も塞いでおく。

 

「気になってたんだ。ギルドカードには人の死は記録されない。じゃあ、狂化した人間は。ってな」

「んん゙ー!」

「あの森に二日も放置すれば、お前らはどうなるか知ってるな? それとも試すか?」

「っんん゙ーーっ!」


 うごうごと虫のように体を捻る三人。目には涙が浮かび始めている。

 脅しすぎたか。もちろん、そんな手間のかかる事など、こちらもしたくない。

 

「俺に“信用”があってよかったな。次やれば、あのファングボアと同じ末路を辿らせるぞ」


 こくこくと頷いたのを確認して煙から解放する。地に降ろすと、三人は脇目も振らず走り出す。

 もうあいつらが絡んでくる事はないだろう。

 

 せっかく気分が良かったのに台無しだ。部屋に戻ったらまた一杯やるしかないな。

 


ストックが尽きましたので、この話以降は不定期更新です。

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