14.囁く樹海
「ここか」
魔獣の森の深部に位置する迷宮“囁く樹海”。
一階層目の推奨ランクはパーティでC、ソロでB以上。
そもそも、ここに来るまでにBランクの魔物、時にはAランクの魔物が出現する。その事を考慮すれば当然だ。
入口は葉を青々と茂らせる大木の根元にあった。根に覆われ、ひと一人分の隙間しかない。
ギルドの攻略本を思い返しながら、足を進める。
迷宮にはそれぞれ、ルールがある。
囁く樹海はその名の通り、音に関した仕掛けや魔物が多く出現する。
魔物も迷宮固有のものがほとんどだ。
「さて、初迷宮。中はどうなっているのか」
地図は参考程度だ。一定周期で中の位相は変わるらしい。
根をかき分けて迷宮の中へと入る。
まるで、外の世界と切り離されたような感覚だ。外を知覚できず、嫌に静かだ。
根に覆われた階段の横に、転移陣があった。この迷宮では帰還専用だ。転移陣に触れると、冷えた刻が脈へ押し込まれ、帰り道だけが細く結ばれた。
降りた先には、もう一つの広大な森が広がっていた。
天井には所々に亀裂が走り、地下に降りたというのに明るい。
入口近くの外縁帯は、緩い起伏に細い沢が放射状に走る。森には薄霧。足元には鈴苔。踏めば、ひとつ鈴が鳴る。
「これは隠密行動には向かんな」
――しゃん。
左前方から音が鳴る。
どうやら、索敵も必要ないらしい。
現れたのは二匹の薄声狼、その頭上を飛ぶ反歌烏。
薄声狼は喉に鈴骨があるBランクの魔狼。反歌烏は、発された声を反転して鳴く、Cランクの魔鳥だ。
パーティだと、同じ声で右だ左だと聞こえるので、連携に不備が出る。まあ、ソロだと関係ないな。
囁く遠吠えが、開戦の合図になった。
「まあ少し待てよ、火ぃつけるから」
散開した前後の薄声狼を避けて、口元に火を灯す。
『マツナ』
自分の声色が反転して返り、鼓膜の奥がざらつく。
紫煙を吐き、刃が形造られる。
まずは空から黙らせる。独り言も返されるんじゃ面倒だ。
上空に飛ぶ反歌烏に刃を飛ばす。
薄刃の煙は無音で首へと入り、その場で霧散した。
落下を煙で受け、鈴苔を鳴らさず地へ置く。遅れて黒羽が一枚落ちた。
次は薄声狼だ。
半歩だけ身体をずらして空きを見せ、薄声狼の突進を誘う。そうして、誘われた薄声狼の頭蓋骨を剣で貫く。もう一体の薄声狼は、難なく首を落とせた。
断たれた喉の鈴骨だけがちり、と鳴った。
薄声狼からは鈴骨が。反歌烏からは鳴石が素材として取れる。これらは、装飾品などによく使われるらしい。
しばらく、探索と討伐を繰り返していると、景色が変わる。どうやら、中帯に来たようだ。
中帯はさらに木の背が高くなり、岩棚が所々に見える。進む道は鈴苔の「生えていない側」を選べば比較的安全らしい。
窪地に行くと霧が溜まり、魔獣も増える。
魔物の解体中、後ろから声がかかる。
『こんなとこで何してんだ?』
その声に驚き、振り返る。ここにはいない友の声だ。
なぜここに、と口が開きかけるが後ろには誰もいない。
探知を使うと僅かな反応があった。囁茸だ。
剣の腹で叩くとすぐに沈黙する。
本で存在は認識していたが、いざ出会うと驚くもんだ。
そして、声とは違う空洞音が耳に入る。
今度は鈴骸鹿だ。
骨で身体を形成している、Bランクの大鹿だ。頭骨の枝角に無数の空洞があり、それがひゅう、と音を立てている。
体を震わせ音量を上げ、威嚇をしている。
鈴骸鹿は風を操り、旋風を起こす。さらに空洞音が大きく鳴る。
咄嗟に土を隆起させ風を防いだ。どうやら、魔法を使うようだ。
「風勝負と行くか。俺は器用なんだ」
土を崩し、煙に風を噛ませる。突風同士の押し合い。火は風を食って育つ。
少しずつ出力を上げ、こちらが優勢だ。
とうとう風が鈴骸鹿に届き、一際大きな音を鳴らす。
ここは“音”の迷宮だ。踏めば鳴る、鳴らせば寄る。
「ちまちま戦うのは飽きたんだ。ここらで、掃討と洒落込もう」
音が一段跳ねた瞬間、鹿が弾かれ、木へ叩きつけられる。
音に釣られて、わらわらと魔物が出てくる。
鈴苔の合唱だ。
一通り魔物を片付け残るは数匹だ。そこで、ふと思いつく。
鈴骨を囁茸目掛けて放り投げる。
一つ、友が喋る。
上で輪を描いていた反歌烏が、合図に釣られて降りる。
反歌烏の嘴に突かれ、囁茸は音を立てて潰れた。
「鳴らし方次第だな」
その呟きにまた反歌烏が反応し、降りてくる。
残った魔物を処理して、次の森林帯へ向かう。
森林帯は根の迷路だ。この先を抜けると盆地に着く。そこがボスの門前だ。
少し進むと泉が見えた。浅い沢に根の橋が架かっている。
確かここは、と地図を確認していると、視界の端に鱗粉が散る。すると、地図から文字や図が吸われるように浮かび上がる。
語喰い蛾だ。
面倒な、という声は出なかった。
鱗粉を風で散らし、そのまま撃ち落とす。
語喰い蛾はDランクの魔物だ。
羽音もなく無音で近づき、ただ声と情報を奪っていく。
鱗粉が喉に触れている間だけ声が消え、地図の文字は羽へ移る。
「まったく、文字も返してくれよ」
羽に文字の入った語喰い蛾に向けて呟く。
殺して湿らせた羽を紙に押せば、薄く転写して戻せるが、劣化はする。
ほとんど役に立たない地図はしまい、感覚だけで進む。
すると、拓けた広場に、祝箱があからさまに置いてある。
祝箱とは、月神セラフィの加護を受ける魔導具が入る箱だ。主に、代償を求めない物が入っている。
逆に呪箱は太陽に連なる箱。代償はあるが、非常に強力な魔導具が入っている。
見分け方は簡単だ。呪箱は箱が僅かに脈動する。
さて、一体何が入っているのか。
期待を込めて、祝箱に手を伸ばす。
▪︎追憶の花飾り
性能 : 任意の記憶を一つだけ記録(意思と感情が必要)。
特徴 : 記録後は淡く花弁の色が変化。
構造 : 花弁の一枚一枚に小さな魔法刻印。
効果は良い。ただ、俺向きではない。
似合いそうな顔がいくつか思い浮かぶ。
魔導具を亜空間にしまい、気を取り直して先へ進む。
幾度か魔物と遭遇し、通路の脇に小さな空間を見つける。月の祭壇だ。
月の部屋は、小規模なセーフルームだ。月か太陽の祭壇が置いてある事もある。それぞれ、回数制限のある浄化とバフだ。
ここは月の祭壇がある。
祭壇石が三つ淡い光を放つ。触れると光は一つ消え、肺が軽くなった。
「さて、昼食にするか」
アナベルの作った昼食を食べる。亜空間に置いていたので、まだ温かい。
一層には、薬効を持つ薬草や果実が数種類生えていた。ポーションや薬の材料になり、いくつかは未加工でも体力回復などの効果がある。
瘴気を吸収したものは囁茸のように。魔素により変質したものは特効を持つ植物に。
よく出来た箱庭だ、と考えながら昼食を食べ終え、腹休みを済ます。
「そろそろ行こう」
残りの迷路を突破すると、小盆地の中央に吊り鈴がされた大樹。その奥には、右扉だけに鈴がつく門が見えた。
「ここが鈴門か」
鈴はこちらを試すように、三つの音を周期的に鳴らしている。吊り鈴は、高いものから低いものへ順に巡り、合図を繰り返す。
階層のボス前には、試練や儀式を求める門があることが多い。この階層は三種の音を鳴らし、儀式とするらしい。
順番は高いものから低いものへ、だ。
鳴石を両手に持ち、打ち鳴らす。
鈴の音が一つ減る。
鈴骸鹿の枝角を持ち上げて、風を起こす。
音がまた一つ減る。
薄声狼の鈴骨を手に持ち、鈴苔を鳴らさないようゆっくり回す。
鈴はもう鳴らない。
囁く樹海由来のものなら何でもいいらしい。
鈴門は独りでにゆっくりと開いた。
一階層ボス“鈴巫”。
白樺めいた仮面と鈴の簪を挿した女の影。足は地に触れず、八つの小鈴が軌道に回る。面の内側から、骨の奥で鳴るような鈴の音がした。
「……静けさを、置いていけ」
「静かになるのはどっちかな」
先手必勝。
煙を刃に変え、周囲の鈴に向ける。
こいつは音が鳴るほど強くなる。それなら、鳴らさなきゃいい話だ。
「【反歌降ろし】」
鈴を斬る刃は向きを変え、壁に傷をつける。
この技には溜めがある。一度使えば、しばらくは使えない。
「【鈴散らし】」
小鈴が三つ鳴りながら放たれる。当たると、耳鳴りと短時間の硬直を食らう技だ。
迫る鈴を剣で叩き落とす。
煙を操り放つ刃は、今度こそ軌道の小鈴を黙らせた。
鈴巫は、面の内側の鈴を外し、胸前で両手を開く。
「【欠け鈴の雨】」
地に落ちる欠けた鈴が、鈴巫の鳴らす音に合わせ、雨のように降ってくる。
「こうすりゃ、もう鳴らせねえだろ?」
水が鈴を包み、濁流のように押し流す。
そのまま鈴巫に向けて、濁流をぶつける。
よろめいた鈴巫を袈裟斬りで沈める。
「ーー巫女は見ない。聴くだけだ」
倒れた鈴巫は、面の中でひとつ笑った。鈴は彼女の喉からではなく、胸骨から鳴った。
ボスには消滅するものと、そのまま素材として残る物がいる。今回は前者だ。
鈴巫がいた場所には、代わりに呪箱が現れる。
「呪箱か。簡単な代償ならいいんだが」
▪︎沈黙の鈴
性能 : 鈴を逆さまに吊るすと、使用者と“手で触れている携行品”から生じる音を短時間、完全消音。
特徴 : “音以外の痕跡”は残る。
構造 : 使用で金属が曇るが、月の祭壇で清めると晴れる。
代償 : 解除後しばらく、発声に鈴鳴りが混ざる。
「あの鈴巫とは真逆だな」
いい魔導具を手に入れた。これだけで、迷宮に来た価値があるだろう。
一度、逆さまに沈黙の鈴をつけてみる。
足音も鈴苔も鳴らないが、跡は残る。効果を確認し、すぐに外してしまう。
「便利だな」
――鈴が声に混じった。
ひとまず、一層の攻略は終わった。二層への階段はあるが、横にある転移陣に手を触れる。
攻略を焦ることはない、気長にやればいい。
繋がる何かに引っ張られるような感覚がして、入口へと戻った。




