1.煙のように
はじめまして!
溢れそうな頭の中を文字にしてみました。
よろしくお願いします。
魔が棲む“魔獣の森”
よく晴れた、ただ青いだけの空が遠ざかっていく。
大地の感触が消え、水に沈むように抵抗もなく落下を始める。
周囲からの焦りと混乱が混じった声が、鼓膜を揺らした。
不思議と死の恐怖は感じなかった。
父に“もしもの際”は、としていた頼み事は、図らずとも正解を引き当てたようだ。
そう場違いにも、妙に得意気な気分になったところで、完全に視界は黒く染まった。
気配を感じて、意識が覚醒する。
目を開けると、湿った空気が肌に貼りつく。風がないのに、木々は微かに軋んでいた。
周囲を見渡すと、先ほどまでいた魔獣の森からは出ていないようだが、ある程度の距離を移動したのだろう。
人間や、討伐中だった魔獣はいない。果てさて、一体何がどうなっているのやら。とりあえず、この気配の主から確かめるしかない。
探知した魔力の大きさからして、大型の魔獣だ。しかし、森の縁辺には、このランクの魔獣は生息していなかったはずだが。さて、深部から出てきたのか、ここが深部なのか。
ほどなくして草葉の陰から現れたのは、三匹の大猿だ。先日討伐したものよりも、かなり大型だ。たしか大猿は、群れを成さないと記憶にはあるが。だがまあ、そんな事もあるのだろう。
目覚めてから考えていた、試したい事もある。
右腰のケースから煙草を一本取り出し、火を点けて深く息を吸い込む。
一息、大猿に向け紫煙を吹きかける。
「灰になりてぇ奴から来いよ。……纏めてでもいいがな」
屑鉄にもならない安い挑発だ。だが、大猿は乗ってくれたらしい。
歯を剥き出しにして、二匹が地を蹴り飛びかかってくる。
魔素が煙と混ざり、煙は形を作る。
鋭利な薄白い刃が閃き、二匹の大猿の首を撫でる。
呆気なく身体から離れた頭は、とんと地面に滑り落ちた。
「さあ、子分がやられたぞ?」
そんな問いかけに大柄な大猿は、怨嗟を込めた耳障りの悪い唸りを上げ、先の二匹と変わらず飛び出す。こいつが違うのは、豊富な魔力を身体強化に回していることだけだ。
「親分がこれならなあ」
後は、猛進してくる大猿の進行方向に、刃を置いておけば良い。
森には静けさが戻る。魔素を失った煙は形を解き、霧散した。
魔力量的にもっと大物が出るかと期待していたのに、肩透かしを食ったようだ。
さて、と周囲に他の敵対生物がいないことを確認し、現状を把握する。
「随分とここは魔素が濃いな」
あまりの濃さに、息苦しささえ覚える。
魔素は、魔力の素となるものだ。魔法を使用するには、体内の魔力を使う以外に、幾つか方法がある。その一つが魔素を燃焼し、魔力へと変換する方法だ。
大猿に使用した魔法は、初めて実現したものだ。
この周囲に満ちる魔素を、呼吸と共に肺へと送り、燃焼させ煙と混成する。すると煙は指向性を持ち、忽ち凶器の完成だ。
火の傍で火属性魔法が扱いやすいようなものだ。
煙がようやく俺に応えてくれた。そう思えた瞬間だった。
実は、以前から煙を魔法に使用できないかと、幾つか理説は立てていた。それがまさかこんな所で最後のピースが見つかるとは。
これでもう戦闘中に、吹かしても小言は言われないだろう。煙草は新しい俺の魔導装置だ。
さて、周囲の魔素を使えば当然その分減る。魔素は、人口が多い都市部は特に薄く、森の深部に近づくにつれ、濃くなる傾向にある。
市内では変換魔法など使えたものではなかった。
となると、ここは森の深部か。
そして、疑問がもう一つ。
瘴気も魔素同様にかなり濃い。
この身体に纏わりつく瘴気は、陰鬱とした森の不快感に拍車をかけていた。
先ほどの大猿が通常と違う特性を持っていたのも、この瘴気の量が原因だろう。
「息をするだけで胸が重くなるな」
独り言が空気に溶ける。
瘴気により生まれる“意志を持つ生態反応”を「魔物」と呼ぶ。中でも獣の形を取るものは「魔獣」と呼ぶ。
魔物は、生まれてからも吸収を続ける。瘴気量が飽和した魔物は狂化し、溜め込んだ瘴気を撒き散らす厄災となる。
人間もまた、瘴気を吸収すると段階的に狂化していくため、定期的に神殿で浄化を行う。
瘴気に触れない者は、数年に一度神殿で浄化をすればそれで済む。定められた浄化の最低頻度は、国や職種により異なる。
まあ、色々問題がある瘴気だが、何も悪い事だけではない。
魔物を殺すと瘴気は消失する。
その魔物から獲れる魔石や毛皮、肉、物によっては血液までもが資源となるのだ。
森を再度見渡す。
魔獣の森の瘴気量は、積極的な討伐により減少傾向にある。何か森に異常が生じたなら、斥候隊が報告をあげるはずだ。
魔法陣があったであろう場所を検分するが、痕跡は何もない。
誰の仕業かなど関係なく、命を狙うのなら、より確実性を持たせるべきだろうに。
では悪戯か。
あの森にいた人間の中、かつ討伐中にこんな悪ふざけをするような奴がいたら、たまったものではない。
いずれにせよ、合流せずにわかる事はこの程度だ。奴らも討伐が終わったら、捜索組と待機組に分かれているはずだ。
森の深部からなら、出るまでには中々時間がかかるぞ、と気が滅入る。捜索組と運よく合流できれば、と考えながらケースから、また一本取り出す。
「お前がいてくれてよかったよ」
最近愛煙している自領地産の紙巻き煙草は、葉巻きと違い大変手軽に嗜める逸品だ。
火の不始末にさえ気をつければ、森の中でも楽しめるだなんて。開発者には毎年金一封を贈っても足りないな。
「……今のところ煙草の火種だけが、頼れる仲間って訳か」




