【悪役転生】己(おれ)の汚れた哀しみを、チート能力「涙の浄化」で斬る!~己(おれ)の汚れを希望に変える伝説~
山岸は、登戸から渡された資料に一通り目を通した後、
何を見せられているのかわからず目を回し出した。
ただでさえ医者に注意されている血圧が上昇し、確かに命の危険を感じた。
渡された資料は、……何なのかはわからないが、これも教科書に載せるのだという事だろう。
山岸は登戸に問うてみた。
「なんだねこれは……」
「『【悪役転生】己の汚れた哀しみを、チート能力「涙の浄化」で斬る!~己の汚れを希望に変える伝説~ 』です」
「それはわかっている。これは……君の新作か?」
「とんでもない。リメイクです」
「なんの」
「わかるでしょう?」
わかるでしょう? と言われて、更に心拍が肋骨を押し返す感覚を覚えた。
体の内側から心臓に殴られているかのようだ。
確かに、ワードの節々に目をやり、情報を拾い集めれば、「あれかな……?」くらいのものが輪郭を表すのだが、
それを認めてしまうことを山岸のプライドが許さなかった。
手を震わせて資料を読んでいるうちに、
登戸が口を開いた。
「お分かりになられないようですので説明いたしますと、それは、中原中也の『汚れちまった悲しみに』のリメイクです」
「どこが!!」
山岸の唾が霞ヶ関のオフィスに飛ぶ。
数滴、登戸のメガネにかかった。登戸はハンカチで冷静に対処する。
一方噴火状態の収まらない山岸からは次々と言葉と唾が飛んでくる。
「この『汚れちまった悲しみに』という詩はなあ! ささくれだった人間の深い孤独、苦悩を短い文章と鋭い言葉のテンポで紡いだ
美しい叙情詩なんだ! その叙情詩の世界において『チートスキル』など存在していいはずがない! 別の作品だこれは!!」
「なんですか? 『美しい叙情詩』って。山岸さんは『美しい』という言葉を用いられましたが、
要は不景気なことを言ってるおっさんの愚痴でしょう? そんなもの大人になったら酒の席で嫌というほど聞かされるんです。
義務教育で習うことではない」
「『そんなもの』って言うな!! 仮にも文学に籍を置くものが中原先生の名作を、『そんなもの』って言うな!」
「なんですか。そんなに怒って。何がそんなに気に入らないのです? 私はただ、『義務教育で習わせる意味のわからない文学を、
中学生向けにわかりやすくリメイク』しただけです」
「リメイクじゃないだろう! SSレアアイテムってなんだ!」
「『狐の皮衣』ですか? 原作にも出てきますよ。この『狐の皮衣』は、怪異『九尾の狐』が落とすレアアイテムです。
着た者に聖なる力、『悲壮の力』を付与します」
「別物じゃないか!!」
「『別物である』、と、断言できるソースはあるんですか!!?」
両者一歩も譲らないが、登戸の裏には総理大臣からの加護がある。
つまり、ここで山岸がいくら野次を飛ばそうとも、それは野次以上のものではないのだ。
登戸は、胸を押さえる山岸を前に勝利を確信し、また新たな資料を取り出した。
「山岸さんは、あくまでも目を通していただくだけで結構。
あとは、総理大臣と、文学の神様が良きように計らってくれることでしょう。
その領域には山岸さんは介入できません。そうですね?」
「……まだ、あるのか」
「たくさんありますよ。問題となっている『案件』は」
すでにぼやけた視界の中で、山岸は、登戸から渡された資料に目を通した。
……そこには、こう書かれていた。
……
……
【山月転生】転生虎詩人は、スローライフ×ハーレムで天下文壇再興したい!~文才と恋の伝説~
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俺は、かつて名を馳せたおっさん・李徴として知られていた。だが、己の高慢と孤高の誇り、バルバザール88世の悪政も災いし、
魂替えの呪縛の儀式により虎へと転生させられた。しかし、この転生は単なる悲劇ではなかった。
むしろ、異世界への扉が開かれ、俺は虎の姿で悠々たるスローライフを送りつつ、数多の美しき姫君たちとの甘美な日常を築くという、予期せぬ運命を手に入れたのだ!
山々に囲まれた秘境の里。清流のせせらぎと風に舞う花びらに、朝日が柔らかく射し込むこの場所は、まさに理想郷。俺は、もはや猛虎という外見に反し、心優しき詩人の魂を宿している。
昼下がり、森の中で詩を詠み、草原で横たわりながらゆったりと時を過ごす日々は、かつての孤独な文豪生活とはまるで別物である。
この世界では、俺の虎姿と、どこか儚げな詩情が奇跡の如く認められ、次第に多くの美女、『卑弥呼、クレオパトラ、楊貴妃、貂蟬』たちがその魅力に惹かれて集まってくる。
彼女たちは、俺の内面に秘めた悲哀と、文才に共鳴し、そして俺の才能に依存し、俺の遺伝子を狙って体を求めるようになっていった。
彼女たちとの会話や、互いの詩を紡ぐひとときは、俺にとって何よりの癒しとなる。
とはいえ、夜の静寂に浮かぶ月影の下、ふとした瞬間に、かつての李徴としての苦悩や、過ぎ去った栄光への未練が胸を締め付けることもある。しかし、そんな時は、愛すべき仲間たちの笑顔や、彼女たちが紡ぐ新たな詩が、俺の心に再び温かい光を灯してくれる。転生という奇跡が与えたこの第二の人生は、静かなる幸福と、豊かな芸術の饗宴そのものだ。
そして、俺は決意する。かつての自分を取り戻し、さらなる文壇の頂へと駆け上がるために、そしてこの甘美なハーレムライフを永続させるために、日々磨かれる詩才と共に新たな伝説を刻むのだ!虎となった俺の内に宿る力は、もう誰にも否定されぬほどの威光を放っている。そう、俺はただの虎ではなく、転生した虎詩人として、この地に新たな愛と芸術の伝説を築く存在なのだ!
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