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9.決着

 灰音たちが地下の制圧を完了する少し前、一階での戦闘も終盤に差し掛かろうとしていた。椿の刃は致命傷とはいかないまでも、確かな損傷を難波に与えていた。しかし、難波は一向に倒れる気配はない。さらには、苦しむ素振りも全くなかった。


 ここで、椿は難波が術者であることを確信した。そして、その霊魂術とは、痛覚鈍化などの精神強化の類であると考えていた。ちなみに、これは肉体に麻酔をかけるようなもので、決して実際の損傷を無くすわけではない。しかし、痛みによって体の動きが抑制されるのを防ぐことができるので、継戦能力に優れていると言えるだろう。


 同時に、椿は痛覚鈍化の弱点にも気づいていた。それは、感覚を誤認することで生じる、実際に肉体が可能な運動と意識の乖離である。例えば、足に損傷がある場合に痛覚鈍化によって、通常時と同程度に走ることは不可能ではない。しかし、その走行には限界がある。つまり、痛覚鈍化によって限界が近づいていることには気づかないので、足が動かなくなる瞬間が突然訪れるのだ。そして、戦いの最中、椿はその限界の瞬間をずっと狙っていた。


 その絶好の好機は意外と早く訪れた。難波が椿との距離を詰めようとしたとき、片足が限界を迎え、難波は体勢を崩した。そして、椿がそれを見逃すわけもない。椿の刀は避け切れないところまで難波の体に迫っていた。しかし、椿にとって唯一の誤算だったのは、難波の底知れぬ精神力であっただろう。


 椿が刀を振り切る前に、難波は頭で自分から刃を受け止めたのだ。痛覚がないにしても、自分から刀に突っ込むなど正気の沙汰ではない。本来、恐怖心が抑制するはずの行動に、椿は一瞬の動揺を見せた。そして、頭蓋骨によって刀の動きが完全に止まった瞬間、今度は難波の攻撃が椿まで迫っていた。


 直後、椿は攻撃を避けるために距離を離そうとするが、難波のナイフは既に椿の脇腹を切り裂いていた。椿の服に血が滲む。当然、致命傷ではないが、痛覚が椿の動きを鈍らせるだろう。その後、難波は損傷が激しいはずなのに、それでも椿に追撃を入れるために距離を詰めようとした。


「舐めるなよ。死なない程度に斬るつもりだったが、もうどうでも良い…」


 そう呟いた瞬間、椿の空気が再び一転した。どうやら難波が与えた傷は、椿をむしろ本気にしてしまったようだ。椿はもう片方の刀も抜き、二刀流に変化する。そして、防御体勢を取る隙も与えないまま、無数の斬撃が難波を襲った。そして、難波は瞬く間に倒され、床に崩れ落ちるのだった。


「下賤な輩のために、二本とも汚してしまうとは…」


 椿は不服な顔で呟いた後、血振りをして、刀を鞘に収めた。こうして、一階での戦闘は幕を閉じた。




 時を同じくして、灰音たちは時限爆弾を背にして、地下の廊下を走っていた。残された時間を考えて、解除は無理だと判断したのである。ちなみに、灰音は爆弾処理の心得は持っている。しかし、道具が無い以上、怜悧炎魔をもってしても不可能と言わざるを得ない。


「灰音さん、紫苑さん、先に逃げてください…」


 焔が息を切らしながら、呟いた。焔の霊魂術である獄煉赫怒は、身体能力を底上げするものではなく、力を無理矢理引き出すものである。つまり、先ほどの獄煉赫怒によって、焔の体力は大きく削られていたのだ。


「焔、冗談でもそんなこと言わないで。私が背負うから、ほら乗って。」

「すみません、また迷惑かけてしまって…」

「気にしないで。幸の霊魂術による身体への負荷は、私もよく知っているからね。」


 灰音は焔を背負って、再び走り出す。紫苑も後に続き、三人は一階への階段を上っていった。そして、爆発の瞬間は突然訪れる。凄まじい爆発音と共に地面が大きく震えるのを感じた。


「まずいな、この規模は建物が崩れる。」


 おそらく地下にあった銃の火薬に引火したのだろう。それに、地下空間を無理矢理増設したのなら、建物の設計時よりも地盤が緩んでいても不思議ではない。


 そして、灰音の言葉通り、建物の倒壊が始まってしまった。地面にひびが入るだけでなく、天井も崩れ始める。


「紫苑、後ろにぴったり付いてきて。私ならある程度倒壊を予測できる。」

「わかりました。」


 灰音は怜悧炎魔を発動した。そして、落下物の軌道を読み、最短経路で一階の入口に向かう。そして、入口が近づいてくると、前方に椿の姿を視認することができた。椿は突然の衝撃に何が起きているかわかっていない様子だったが、無事で何よりである。


 しかし、安心したのも束の間、紫苑の足に天井の破片が直撃した。灰音の予測は完璧だったが、紫苑が灰音に完全追従できるわけではなかったのだ。足を痛め、蹲る紫苑。灰音には二人抱える余裕が無い。しかし、紫苑を見捨てる選択をすることもできない。


「椿!受け取れ!」


 灰音の声は、距離が離れている椿の耳に届くほど大きかった。声がした方に振り返る椿。そして、灰音は走りながら、椿に向かって焔を投げた。焔の身体が宙を舞い、それを椿は優しく受け止めた。


「焔を連れて外に出ろ!私は紫苑を連れていく!」


 灰音の語気は、椿でも見たことないくらい強まっていた。そして、椿は灰音の言葉に無言で頷き、焔を抱えて、そのまま入口を出た。灰音は踵を返して、紫苑の場所まで戻っていく。しかし、無慈悲にも、灰音が紫苑を抱えて外に出るより、建物の倒壊が先に完了してしまったようだ。


 気づいたときには、灰音と紫苑の姿は見えなくなっていた。入口から離れた椿と焔が目にしたのは、地下が崩れたことで、完全に倒れてしまった建物の姿だった。その絶望の光景に、椿と焔は血の気が引いていくのを感じた。

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