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8.憤怒

 立橋製作所本社ビル前に到着し、灰音たちは車を降りた。そして、灰音は七瀬に電話をかけ、突入組の準備完了を伝えた。この連絡によって、近くで待機している警察が周囲の避難誘導を開始する手筈になっている。


 しばらくして、七瀬から灰音に着信がきた。これが突入可の合図である。そして、まず紫苑がゆっくりと瞑想を始めた。静寂が緊張感を徐々に膨らませていくように感じられる。


「入口付近に人はいないですね。中には安全に入れると思います。」


 紫苑は目を開き、探知結果を伝えた。


「ありがとう、紫苑。助かるよ。」

「本気出したら、もっと奥まで探せますけど、どうしますか?」

「いや、十分だよ。紫苑の体力は取っておこう。」

「わかりました。」


 そして、椿を先頭に四人はビルの中に足を踏み入れた。紫苑の言う通り、近くに人影は見えない。しかし、入口に全く人がいないというのも不自然すぎる。奥まで引き込み、袋叩きにする作戦かもしれない。


 その後、四人はゆっくりと一階の奥へ進んでいった。もちろん、建物の構造図は頭に入っている。しかし、順調に足を進めていた矢先、反対側の方から足音がした。一時停止し、椿は刀に手を掛ける。


 そして、四人の前に現れたのは難波の姿だった。事前に写真を確認したので、間違いないだろう。一方で、難波以外の人物は連れていないようだった。


「初めまして。直霊の方々ですよね?」


 難波が口を開いた。やはり直霊が来ることは想定内だったのだろう。


「あなたは難波舞さんですね?警察官の殺害、そして高校生誘拐の容疑がかかっています。現在、誘拐した人物の身柄はどこですか?」

「答えると思いますか?」


 難波は罪を認めたようなものだ。ここからは強引に行くことができる。


「灰音、こいつは無視して、誘拐された子を探しに行け。」

「わかった。焔、紫苑、ここは椿に任せよう。」


 椿を残して、三人は階段の方へ向かっていった。




「一緒に戦わなくて良いのですか?」


 二人きりになった後、難波が椿に尋ねた。


「お前こそ、追いかけないのか?」


 椿は質問を返した。


「あなたと戦う方が面白そうですから。」


 難波が右手にナイフを構えた。至極冷静に見えるのは、場慣れしていることを表しているだろう。


「そうか、たぶん面白くないぞ。お前に勝ち目がないからな。」


 椿も片方の刀を抜き、難波の方に向けて構えた。


「もう一本の刀は使わないのですか?」


 椿が腰に携える二本目の刀を見て、難波が疑問をぶつけた。


「お前には聞きたいことが色々あるからな。」


 椿は難波の方に走り出した。次の瞬間、椿の刀が難波に目掛けて、振り下ろされる。それを難波はナイフで受け止め、二人の鎬を削る戦いが幕を開けた。


「…良い刀ですね。」

「私の宝物の一つだ。」


 椿が使用している日本刀は『三日月』という名を持っている。そして、三日月は最も美しい刀とも形容される名刀中の名刀である。


 その後、難波は押し合い勝負では勝てないと考えたのか、足を前に出し、椿の体を押しのけた。再び、距離が離れる。しかし、リーチで優れているのが椿なのは言うまでもない。刃と刃が衝突する音が幾つも響く中で、戦いは難波の防戦一方に見えた。




 一方、灰音を含めた三人は非常階段から地下まで下っていた。捜査会議の話から、敵の本拠地は地下で間違いないと考えていたのだ。そして、地下の廊下で再び紫苑が透影世界を発動し、周囲の探索をした。


「奥の部屋にかなり人が溜まっていますね。十人いや二十人はいると思います。」

「やっぱり本拠地はここからみたいだね。」


 やはり紫苑の霊魂術は非常に便利である。そして、その人の中に琥珀がいれば、話が早くて助かるのだが。


「相手、大分待ち構えているみたいですけど、どうしますか?」

「私が普通に扉から入って、視線集めるよ。焔、後はわかるね?」

「はい!」


 焔の心強い言葉を聞いた後、灰音が扉の取手に手を掛ける。鍵が閉まっているが、そんなことは関係ない。灰音は取手を掴み、扉を無理矢理前に押し込んだ。


 扉が外れる音が地下空間に反響する。次の瞬間、部屋の中にいた人々が侵入口に向けて、銃を乱射した。やはり待ち構えていたのだ。しかも、自動小銃装備とは迎撃態勢が整い過ぎているだろう。とはいえ、灰音は外した扉を盾に銃弾を防ぐことはできた。金属製の扉で助かったと言うべきか。しかし、大人数の射線によって、動きは完全に抑えられている。


 つまり、ここからは焔の出番である。部屋の外側で、焔は壁に手を添えた。そして、焔は霊魂術を発動させた。焔が持つ霊魂術の名は『獄煉赫怒(ゴクレンカクド)』。系統は幸に分類され、自分が持つ憤怒の感情を増大させる力を持っている。そして、増幅された怒りは、心臓や筋肉を活性化させ、通常時の何倍もの身体能力を呼び起こす。


「紫苑さん、下がっていてください。」


 その言葉の直後、焔は壁に発勁を放った。怒りによって増幅されたエネルギーが一点に集められる。そして、そのエネルギーは轟音と共に壁を打ち砕き、部屋の中まで破片を吹き飛ばした。突然放たれた破片が部屋の中にいた人々を襲う。それは、先ほどまで張られていた弾幕に大きな隙を生み出すことになる。


 敵が壊された壁の方に視線を集めた瞬間、灰音は扉を盾に正面から突撃をした。一人また一人の体を突進で吹き飛ばし、敵の前線を崩壊させる。大きく距離を近づけてきた灰音に敵も応戦しようとするが、もちろん相手にしなくてはならないのは灰音だけでない。焔、そして紫苑も壊された壁の穴から続々と侵入したのだ。


 どちらを狙うか迷いが生じ、敵の連携が乱れた時点で、灰音たちの思う壺であっただろう。気づいたら、もう銃の間合いではない。焔の拳が敵を襲う。壁を破壊するほどの威力を生身の人間が受け止めきれるはずもないだろう。残っている敵も至近距離で銃撃を叩きこもうとするが、気絶させた人を盾として、弾は焔たちまで及ばない。そして、焔は盾としていた人を投げつけ、相手の体勢を崩した隙に怒りの一撃を叩き込んだ。


 最終的に、三人の連携によって、瞬く間に部屋の制圧が完了した。敵の無力化は完全に成功したと言える。しかし、問題なのは琥珀の姿がどこにも見当たらないことだった。念のため、紫苑が透影世界で周囲を捜索するが、人の反応は特にない。


「地下には、いないみたいですね。」

「ここじゃないのか…」


 本拠地はここで間違いないはずだが、琥珀の身柄は別の場所であるらしい。もちろん、立橋製作所本社以外の可能性もあるが、それは敵に聞けば良い話であるだろう。


 その後、灰音は意識のある何名かに琥珀の所在を尋ねてみたが、特にこれといった返答は無かった。簡単に吐いてくれるほど、世界は甘くはないようだ。


「念のため、地下を調べておこう。考えたくはないが、琥珀ちゃんがいる可能性もないわけじゃない。」


 紫苑は和の系統であるので、死者の精神に干渉することはできない。つまり、紫苑の透影世界では死人は探知できない。もちろん、四家の残党が琥珀を始末する利点はないはずだが、霊魂術を無理矢理使わせられる過程で、誤って命を落としてしまった可能性も考えられるということである。


 そして、三人は地下の部屋をしらみつぶしに探索した。まず一つわかったのは、この場所で立橋製作所は銃の密造をしていたことである。さらに、銃の発砲も加えれば、殺害や誘拐抜きでも、非常に重い罪になるだろう。そして、幸か不幸か、琥珀の姿は見つからなかった。やはり、別の場所で監禁されていると見て良いだろう。


 最後に、地下の電気室を調べてから、一階に戻ろうとしたとき、一定の間隔で刻まれた機械音が聞こえてきた。嫌な予感がする。そして、その嫌な予感はこういう時に限って当たってしまうものだ。電気室の扉を開けると、目に入ったのは床で異質な存在感を放つ物体だった。


「…これは時限爆弾だ。」


 灰音の言葉で、焔と紫苑の緊張感が一気に高まった。迎撃態勢が整い過ぎているとは思っていたが、奥の手もあったとは想定外だった。だが、まだ間に合う。ここからは時間との勝負が始まる。

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