76.歓迎
「改めまして、ようこそ!」
検査空間を抜けた先、看守服を身に纏う筋肉質な男性に杜樹と烏は出迎えられた。
「自分が本街です。よろしくお願いします!」
本街は帽子を取った後、頭を下げながら挨拶をした。対面で味わうと、更に熱が感じられる。
「よろしくお願いします、本街さん」
杜樹が挨拶を返した。直後、本街は頭を上げ、帽子を被り直す。一方、烏はそれどころではないようだった。
「あの、僕の指輪……」
「失礼しました。今、お返しいたします!」
本街は傍の机に置かれたトレイを手に取ると、烏に向かって差し出す。次の瞬間、烏はトレイの中にある指輪を、目にも止まらぬ速さで手に取った。まるで奪い去るような動きだ。その後、烏は指輪を嵌め直すと、安堵したような表情に変化する。
「そちらの指輪、大事にされているのですね。内部構造が通常の指輪と違うように見えましたが、もしかして特注品ですか?」
「あ、そんな感じです……」
本街の質問に、烏が答えた。ちなみに、烏の指輪は刃物が仕込まれている武器などではない。検査によって、本街もそれが確認できたからこそ、返却したのだろう。
「それにしても、流石の幽谷監獄ですね。他では、見たことのない設備でした」
他の手荷物を回収しながら、杜樹は口を動かした。また、流れるような手付きで、烏の携帯も本人に渡す。
「比較的新しい施設なので、それだけ先端技術も投入されているというわけですね!」
本街はどこか自慢気だ。幽谷監獄は、近年の治安悪化に対応するような形で設立された施設である。そのセキュリティは、国内でも随一だ。
「それで、麟角さんと玄淵さんは特別房の方に用があるのですよね? 良ければ、自分が南棟入口まで案内しますよ!」
「ありがとうございます。ただ、予定まで少し時間がありまして……」
元々、時間に余裕を持って、杜樹は出発していた。もちろん、約束の時間に遅れないようにするための行動であるが、もう一つの理由もある。
「では、どこかで休憩されますか? ここまで長道だったと思いますし!」
「いえ、実は幽谷監獄の施設を見学させていただきたいのです」
前から、杜樹は幽谷監獄に一度足を運びたいと思っていた。というより、法律を学ぶ身として、裁判後の世界も知るべきであると考えていたのだ。なお、早く到着した場合、監獄内で時間を潰すということは、狛にも事前に伝えている。
「なるほど!」
「本街さん、案内していただけないでしょうか?」
「もちろんです!」
本街は意欲的に引き受けてくれた。
「ちなみに、自分が案内できるのは、一般房の方だけですが、大丈夫ですか?」
「はい。囚人生活に関わる設備などを紹介していただけると、嬉しいです」
「わかりました!」
そして、本街は看守室の中に一瞬消えた後、複数の鍵を持ちながら、再び顔を見せる。
「それでは、早速行きましょう!」
直後、本街は廊下の奥の方へ勢い良く足を踏み出す。現在地である北棟から、幽谷監獄の巡覧が始まったのだ。
同時刻、監獄北棟の地下では、荷卸し作業をする三人の男性看守の姿があった。最も年上に見えるのが、周防弘道。幽谷監獄の設立当初から働いているベテランの看守として、周囲には認知されている。後の二人は、綾城大地と横関亮。幽谷監獄では、周防の後輩に当たる。
「これで、全部か?」
コンテナから荷箱を取り出した後、周防が口を開いた。これらの荷箱の中には、監獄外から運搬された物資が詰められている。その大半は、食料品や生活必需品だ。
「……だと思います」
コンテナの中を確認しながら、綾城が答えた。人間の体が余裕を持って入るほどの空間だが、既に荷箱は一つも見当たらない。
ちなみに、コンテナの中に身を潜めることで、監獄内部に入るのは不可能である。なぜなら、監獄内へ運搬される際、生体反応が検知されてしまうからだ。本来は、ネズミなどの混入を確認するためのシステムだが、侵入対策にもなっているということである。
「何か、普段よりも少ない気がしないか?」
周防は荷箱の数に疑問を抱いていた。
「監獄内の物資消費量に依存して、変化するのも当然なのでは?」
今まで黙々と作業していた横関が口を開いた。要するに、監獄内にまだ物資があるので、供給も少なかったのではないかと推測しているわけだ。
「もちろん、理解している。それにしても、前回より数が減少したように感じただけだ」
「物資に関して、何か変更があったのかもしれませんよ」
不審がる周防に対して、綾城が発言した。
「だとして、俺らに情報共有されないことがあるか?」
周防の言う通り、変更が看守に一切通達されないことは基本的にありえない。その後、綾城が何か閃いたような表情に変化する。
「もしかして、特別房の方で変更があったとか?」
「……なるほど。その可能性はある」
当然だが、物資は共有物だ。そして、特別房に関する変更が、一般房の看守まで伝達されないことなら、十分に考えられる。
「一応、上に確認してみるか」
「何がともあれ、荷箱の検査の後にしてください」
横関は早く仕事を完了させたいようだ。
「コンテナは自分が移動させるので、周防さんは綾城と二人で荷箱を運搬していただけますか?」
「横関が仕切るとは、珍しいな」
「二人が無駄話をしているからです」
その後、周防と綾城は荷箱が載せられた台車を引いて、検査室の方に向かっていった。一人残された横関は、コンテナを外に移動させるための操作室に向かうかと思いきや、携帯を取り出し、誰かに連絡を送った。
それから、横関は何もないはずのコンテナに再び足を踏み入れる。金属製の床を歩く音が内部に反響しながら、横関は奥へ歩いていく。その口元は緩んでいるようにも見えた。




