73.論点
さて、ここからは事件の裁判を振り返ろう。まず議論されたのは、真狐が瀬川の体を迎に衝突させたことが事実であるか。事実だとしたら、故意であるか。
結論から言えば、事実かつ故意だと認められた。その結論に至った理由としては、大まかに以下の二点が挙げられる。
第一に、瀬川の警察制服に首元を掴むような真狐の指紋が検出されたこと。
第二に、再現検証の結果、迎が完全に粉砕されるために、相当な速度の衝突が必要となること。躓いた程度では、迎が破片となるまで破壊されることはないという意味だ。つまり、迎の破壊は故意的な行動であったと考えられる。
では、誰の故意であったか。当然、真狐と瀬川の二択である。しかし、瀬川が故意的に迎を破壊するとしたら、わざわざ体で突撃をするだろうか。例えば、警察が所持する拳銃を使えば、幾らでも破壊できるだろう。
以上より、真狐は瀬川の体を勢い良く投げ飛ばし、故意的に迎を破壊したと判断された。ちなみに、真狐も特に否定することはなかった。なぜ真狐は瀬川の体を利用し、迎を破壊したのか。これについては、少し後で論じることになる。
次に、裁判で論点になったのは、真狐は迎を破壊することの危険性を認識していたか。言い換えると、瀬川が廃人状態になる結末は予想可能だったか。
これに関しては、客室での真狐の発言が解答になった。真狐は迎を破壊した際に、怨念が放出され、人間の精神を害する危険性について、誰よりも先に理解していたと考えられる。
そして、検察側の主張では、真狐は危険性を理解していたからこそ、瀬川の体を利用したのではないかと述べている。つまり、放出された怨念の受皿として、瀬川の体を用意したのではないかということだ。怨念が真狐まで到達しないように、瀬川を壁にしたとも言い換えることができるだろう。ちなみに、この主張についても、真狐は特に否定することはなかった。
最後に議論されたのは、真狐の動機であった。最初の真狐の主張では、危険な神器なので、早急に破壊するべきだと判断したと述べている。ただ、裁判が進む中で、真狐は動機に関しての主張を変更しているようだ。
結局、真狐は傷害罪で実刑判決を受けた。瀬川が再起不能になったこと。その危険性を真狐が理解していたことは、量刑に響いただろう。
ところで、量刑には関係ないことだが、迎の破壊によって、我妻の娘は目を覚ましたらしい。我妻の娘を助けるため、仕方のない行動だったという主張を通すことができれば、結果はまた変わっていたのかもしれない。しかし、屋敷での真狐の発言や行動を考えると、流石に無理があったのだろう。
暗い一室で、内容の確認が完了した資料から、杜樹は封筒に戻していく。灰音は、真狐を解放するべきかどうか、判断してほしいと言っていた。今回の資料の結論として、真狐はどのような人間だっただろうか。
最初の印象は、感情に惑わされず、冷静な判断を下すことができる人物。しかし、目的のためであれば、多少の犠牲を厭わない人物と考えることもできる。
やはり、疑問が残るのは、途中の主張変更である。変更後の真狐の主張を一言で表すと、迎が含有する怨念を自分の霊魂術のエネルギーにできると思ったからになる。要するに、私的な欲望として、外殻を破壊し、中の怨念を取得しようとしたということだ。
しかし、莫大なエネルギーを得たとして、真狐は何を考えていたのだろうか。というか、そもそもとして、主張変更した理由がわからない。このような変更をしても、罪が重くなるだけのはずだ。
正直、真狐という人間がわからない。だが、資料を読む限り、非合理的な行動をするような性格でもない気がする。
ところで、真狐が解放するべき人物だったとして、解放できるかどうかは別の話であることを忘れてはいけない。裁判官の判断について、特に不可解な点も存在しない。
杜樹は裁判で提出された証拠を改めて確認する。重要に見えるのは、瀬川が倒れた時刻に関する証拠だろうか。瀬川が所持していた携帯の腕時計連動型心拍数計測アプリによると、事件当日の午前十時三分に心拍数が大幅に変化している。この時間に怨念によって気絶したと考えるべきだろう。しかし、牧が真狐を逮捕した時間が午前十時六分であるので、特に矛盾もない。
不審な証拠がない。やはり、再審請求には完全な新証拠が必要になる可能性が高い。とはいえ、どのような証拠があれば、判決を覆すことができるだろうか。見当もつかない。
確かに、解放することだけを考えるならば、邪道な方法に頼りたくなるのも頷ける。ただ、邪道を選ぶことは自身の信念が許さない。灰音にも、邪道の方に逸れてほしくない。灰音もそれを理解しているからこそ、正直に伝えたと推測できる。何がともあれ、灰音と相談しながら、方針を考えるのが良いだろう。一人で頭を悩ませる必要はないのだ。
資料を全て封筒に戻した後、杜樹は卓上照明を消す。その後は、寝具に吸い込まれるように倒れた。随分と夜更かしをしてしまった。狛のために急いだというより、単純に事件の詳細を知りたい好奇心があったのだ。
暗闇の中で、目を瞑る杜樹。今回の事件は、どこか他人事に思えない。同期が逮捕されたら、自分はどうするのだろうか。無意味な想像だ。いや、無意味な想像で終わることを願おう。




