72.薄情
「中々、芯の強い子だね……」
真狐がいなくなった後、牧が口を開いた。真狐と一緒になるのは、牧も初めてだったが、いつも天老の指示を聞いているのかどうかも疑わしいほどの一貫性を感じていた。
「仕事に真面目なだけで、薄情な性格じゃないのはわかってほしいです。真狐は自分がやるべきことを理解しているので、極端な行動をしてしまうというか……」
「薄情だとは、僕も思っていないよ。九尾君の判断は合理的だと感じる」
我妻の娘の救出は本来の目的に関係ない話だ。そもそも、狛たちは神器について詳しくないので、頼りになるわけでもない。しかし、今回の件に関して言えば、専門家がいないだろう。だからこそ、狛にも何とかしてあげたいという心情がある。
「……良かったです。真狐は口調とか態度のせいで、色々勘違いされることも多いので。まあ、本人は気にしていないみたいですけど」
実際、狛も最初は怖い人だと思っていた。同期として上手く付き合っていけるか、不安に感じた記憶もある。
「随分と彼女のことを気にかけているのだね。別に、唐獅子君が心配することでもないだろう?」
「……そうですね。ただ、真狐が本当は良い子だって、皆にもっと伝わっても良いのになって、思っているだけです」
狛は少し下を向いて、話を続ける。
「真狐が持つ力は、他の霊魂術と比べても抜けて強い。それでも、真狐は術の精度を上げるために、日々努力をしています」
「強大な力に驕らず、向上心があるということかい?」
「はい。でも、真狐が術を鍛えているのは、単純に戦闘力を上げたいという理由だけじゃありません」
直霊に加入して間もない頃、深夜まで一人で訓練室に籠る真狐に、狛は直接尋ねたことがあった。術は十分強力なのに、なぜそこまで鍛えているのかと。もちろん、術の精度が高いに越したことはないのだが、筋力鍛錬などよりも術の練習を重視しているのが、不思議だったのだ。
「……あの子は万が一にも、自分の術で味方を巻き込まないために、術を繊細に扱う努力を最優先に考えているのです」
当時、真狐はそう言っていた。そして、他の皆には内緒にしろ、とも言っていた。味方に術を当てることに怯える格好悪い奴だと思われるのが、嫌だから。
「……格好良い理由じゃないか」
「牧さんもそう思いますよね!」
急に顔を上げた狛の勢いに、牧は少し驚く。
「あ、ごめんなさい。つい、興奮しちゃって……」
「はは、謝ることはないよ。元気があって、何よりだ」
若さを羨むように、牧は笑みを零した。
「……というか、こんな話をしている場合じゃないですよね。娘さんを助ける方法を早く考えないと!」
天老の命令が下る前に、何とかしなければいけない。狛は気持ちを切り替えるために、両頬を手で叩く。そして、救出手段を考えることに頭を集中させる。
直後、携帯の通知音が客室に響いた。早くも天老から連絡が届いたと焦ったが、どうやら狛の携帯ではないようだった。
「……すみません。自分です」
通知が来たのは、瀬川の携帯だった。瀬川は携帯の画面を確認した後、席を立ち上がる。
「……少し通話をするので、席外します」
「ああ、構わないよ」
結局、狛は牧と二人で、話し合うことになった。牧は我妻の娘を救うことに賛同してくれたのだ。
事件が起こったのは、それから数十分後のことだった。一向に救出手段が思いつかない難航状態の中で、狛の携帯に一通の連絡が届く。今度こそ、時間切れのようだ。
「……天老からの連絡かい?」
内容を確認するために携帯を眺める狛に対して、牧が尋ねた。
「はい。予想通り、強制回収命令です」
「……そうか」
「ただ、回収後の取り扱いについては、まだ検討中のようです」
おそらく、天老は魂迎の霧鏡が凶悪な神器だからこそ、直霊が上手く利用することを考えているだろう。結局、神器も使い方次第で強力な武器になるということだ。
「一旦は、直霊本部で保管するとのことなので、まだ望みはあるかもしれません」
「なるほど。ただ、どう我妻さんに説明するべきか……」
「とにかく、娘さんを助けたい心情を強調するしかないと思います」
天老の連絡は真狐にも届いている。真狐が強引に神器を持ち帰る前に、我妻に話を通したい。押収という形にはなってしまうが、決して娘を見捨てるわけではないということを、我妻に理解してほしいのだ。
急いで、客室を出る狛と牧。しかし、次の瞬間、天井が一瞬揺れる感覚と共に、ガラスが砕けるような音がした。
「……何だ!?」
「二階の方ですね。向かいましょう」
動揺する牧とは対照的に、狛は冷静に見えた。そして、狛は牧を連れて、螺旋階段を駆け上がる。そのまま二階の廊下を進むと、神器がある倉庫の扉が完全に開いているのが、目に入った。
そこで、先ほどの音の正体を察するように、狛にも動揺が見え始める。ただ、実際の倉庫内の状況は、狛にとっても想定外だった。
「……!?」
狛の視界に映ったのは、魂迎の霧鏡と思わしき残骸の上に横たわる瀬川。そして、倉庫の中で悠々と佇む人影。
「……真狐?」
狛の声で、人影は倉庫の扉の方を振り返る。紛れもなく、真狐だ。
「……何をしているの?」
「見ての通りだが?」
声が震えた狛の質問に、真狐は淡々と言葉を返した。一見すると、真狐の仕業にしか見えなかった。瀬川が自ら魂迎の霧鏡に体で突撃し、破壊したとは考えられなかったからだ。
狛は完全に放心状態だった。実際、そこからはあまり覚えていない。ただ一つ記憶の中にあるのは、牧によって手錠で拘束された真狐の姿だった。




