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狂禍四魂  作者: 発戸あいす
第3章
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70.記録

 時刻は深夜、杜樹ときは自宅マンションで、こまから送られた資料を机に並べていた。都内の一人暮らしにしては広い部屋の中で、卓上照明だけが光を放っている。


 送付物を改めて確認すると、裁判の資料とは別に、狛の個人的な記録も含まれているようだ。今回のために思い出したというわけではなく、狛がむかえの事件について当時から書き起こしていたものである。


 迎の事件に関わった警察は二人。一人目はまきせい、当時三十六歳の男性。役職は警部補。そして、二人目が被害者であるがわかい、当時二十二歳の男性。牧とは違い、新人の警察官だった。


 迎の事件に関わったなおも二人。一人目は、今回の依頼主でもある狛。当時は普通の捜査員だった。そして、二人目が加害者とされたつづら真狐まこ、当時二十三歳。狛の同期に当たる人物だった。


 この四人に何があったのか、資料と記録から事件の概要を簡単に纏めることにしよう。話はそれからだ。







 三年前の冬、郊外で孤独に佇む屋敷には、凍風が吹いていた。広大な敷地を囲うような高塀。それ以外にも、監視カメラが目に見えるだけで、複数存在している。防犯意識がやけに高い。それが第一印象だった。


「……この屋敷で合っているのか?」

「うん。内部リークによると、この屋敷の主人が神器を所有しているみたい」


 屋敷の門前には、真狐と話す狛の姿があった。また、二人の背後には牧と瀬川もいるようだ。


「そもそも、内部リーク自体、本当に信用できるものなのか?」

「霊魂術の情報が正確だった以上、神器という存在も無視できない」


 磐境いわさか研究所の内部リークにあった霊魂術に関する情報は、直霊が持つ情報と一致している部分が多かった。それだけ、信憑性があるということだ。実際に真実であるかどうかは、屋敷の者に話を聞けば、わかることだろう。


 その後、牧が屋敷の呼び鈴を鳴らす。数秒後、屋敷の中と一時的な遠隔会話が可能になった。


「……どちら様でしょうか?」


 インターホンから聞こえてきたのは、中年男性の渋い声だった。おそらく、屋敷の主人だろう。


「初めまして、警視庁の牧と申します」

「……警察の方が、何のご用件でしょうか?」


 その男性の声には、少し動揺が見えた。しかし、これは普通の反応である。


「この屋敷に神器という代物があるという話を聞いたのですが──」

「神器?」


 ちなみに、神器が実際にどのようなものか、狛たちもわかっていなかった。内部リークで判明しているのは、朱盃さかずきすいという術者によって残留思念が増幅された結果、霊魂術と似た力を持つように変化した物体が、神器と名付けられたこと。その神器が三種類存在すること。そして、三種の神器の名前と所在である。


「ええと、特殊な力を持つ鏡というか──」

「!?」


 ただ、幸いにも、牧の言う代物が何を表しているかは、相手の男性にも伝わったようだった。


「あの鏡をご存知なのですか!?」


 急に勢いを増す男性の声に、牧も圧倒され、声を失う。


「……お願いします。私の、私の娘を助けてください!」


 何だか、想定していた状況と違う。互いの心中が共鳴するように、狛と真狐は顔を見合わせた。







 それから、狛たちは主人と思わしき男性に案内されるがまま、屋敷一階の客室まで足を運んでいた。狛は壁の絵画や装飾を眺めるように、部屋を回り歩く。外観こそ現代的だったが、内装は逆に古風に感じられた。家具の大半は、相当な年代物に見える。


「どうぞ、お掛けください」

「失礼します」


 牧に続くように、他三人もソファーに腰を下ろす。その後、目の前の机には、持成しの紅茶が並べられた。


「改めまして、我妻わがつましゅうさくと申します。先ほどは取り乱してしまい、すみません」

「いえ、気にしないでください」

「ところで、そちらの女性の方々も警察官なのですか?」


 我妻は狛と真狐に目を向ける。確かに、二人は警察の制服を着用していないので、我妻の疑問は尤もであるだろう。


「彼女たちは何というか、特殊警官ですかね」

「……なるほど」


 牧が代わりに返答した。直霊について、わざわざ説明する必要もない。というより、説明に時間を割くほどの余裕がない。


「さて、我妻さん。まずは、詳しい話を聞かせていただけますか?」

「……はい。私は骨董品を集めるのが趣味でして、半月前にとあるオークションで例の鏡を入手しました。当時は、単に希少価値が高く、古くから人々を魅了し続ける鏡と聞き、競り取ることに決めました。実際、あの鏡を手にしたとき、異様な雰囲気を感じ、自分の判断を褒めたくなったものです」


 ただ、その異彩を放つ鏡は、常人には手に余る代物だった。


「そして、屋敷に帰った後に、悲劇は起きました。私の娘に競り勝った鏡を自慢気に見せていたとき、突如として娘が意識を失ってしまったのです。最初は何が起きたか、わかりませんでした。しかし、私の目には、娘の魂が鏡に吸い込まれる姿が映ったのです。このときに、何という呪物を競り落としてしまったのかと後悔したことを覚えています」


 たまむかえきょうの能力は、鏡面を見た人間の精神を閉じ込めるといったところだろうか。我妻が無事であることから、一瞬見た程度では能力が発動しないと推測できる。また、魂が目に見えるはずがないので、魂迎の霧鏡には幻覚作用もあると考えて良い。


「それから、医療機関はもちろん、有名な祓い屋にも頼みましたが、有効な手段は発見できず、現在も娘は眠ったままです。あの鏡を破壊したら、娘が元に戻るという保証も存在せず、手を出せません」


 根源を破壊した場合、一生元に戻らない恐れもある。だからこそ、我妻もどうするべきか、わからなかったのだろう。


「なるほど。それで、我々に助けを求めたと」

「あなた方はあの鏡をご存知なのですよね? ならば──」


 我妻は助けを訴えるように、牧に身を近づける。しかし、狛たちも噂で聞いた程度なので、救出手段など知る由もない。


「残念ながら、我々も例の鏡について詳細に把握しているわけではありません。この屋敷を訪れたのも、例の鏡について調査するためです」

「そ、そうですか……」


 我妻は目に見えて、気を落とす。


「ひとまず、例の鏡を我々に預けていただけないでしょうか? その方が詳しい調査も可能です」

「……すみませんが、それは受け入れることのできない提案です。あの鏡の恐ろしさは私自身が十分に理解しています。あなた方が娘の無事よりも、鏡の消滅を優先したとしても、不思議ではありません」


 実際、我妻の指摘は正しい。我妻の娘が助かる保証がない以上、優先するべきは次なる被害者を生まないことであるだろう。


「娘を助けていただいたら、あの鏡は即座にお譲りします。逆に、それ以外の条件で、私があの鏡を手放すことはありません」


 神器の争奪戦は幾らか考えていたが、この状況は完全に想定外だった。正面から向き合うならば、戦闘よりも厄介かもしれない。どうしたものかと悩む様子の狛。一方で、真狐の表情からは一切の余念も感じられなかった。

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