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狂禍四魂  作者: 発戸あいす
第3章
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69.曖昧

 その後、杜樹ときからすは肩を並べるように廊下を歩いていた。ちなみに、向かっているのは、なお本部にある烏の個室である。


はいさんとは、何の話をしていたの?」

「有罪判決を覆してほしいという依頼の話。まさか、その囚人が直霊の人とは思わなかったけど……」


 正確には、実刑が下った時点で天老から梯子を外されているので、元直霊である。


「え、直霊に逮捕者がいたの知らなかったな」

「私もだよ」

「ところで、一度出た判決を覆すことって可能なの?」


 烏は純粋な疑問を杜樹にぶつけた。


「確定した判決は基本的に無理。今回は罪を軽くする方だから、不可能ではない」

「重くする方は駄目なの?」

「うん、そういう規則がある」


 つまり、確定した無罪判決は覆らないということだ。


「何か、裁判制度は色々複雑だよね。僕には全然わからないや……」

「複雑なのは否定しないけど、そういう制度が何で生まれたのか、考えると結構面白いよ」


 当然だが、無意味な規則はない。そこに存在するべき合理的な理由があるからこそ、学問としての魅力があるのだろう。


「うーん。でもさ、霊魂術を上手く利用すれば、もっと単純化できると思わない?」

「……どういうこと?」

「裁判って冤罪防止を重視しているわけでしょ?」


 無実の人に罰を与えない。それが、何よりも優先されるべきである。


「そうだね」

「冤罪が生じる原因は色々あるけど、最も大きいのは嘘の存在だと思う。結局、被告人が幾ら犯行を否定しても、言葉だけでは本当かどうか判断できない」

「そこで、噓を暴く霊魂術があれば、解決ということ?」


 杜樹の言葉に、烏は大きく頷く。


「良いアイデアでしょ?」

「……いや、そう簡単な話ではないと思う。本人が思う真実が必ずしも事実とは限らないから。例えば、記憶改竄の術があるとしたらどう?」

「ああ、そっか。色々な霊魂術を考慮する必要があるのか……」


 ちなみに、現在の裁判で霊魂術が考慮されることは基本的にない。というか、考慮すると、話が前に進まない。もちろん、これから法律は霊魂術という超能力を考慮して、改良されるべきだ。しかし、どう改良するべきかについては、専門家も御手上げである。


「霊魂術を別にしても、人間の記憶は意外と外部からの影響を受けやすい。お前がやったと吠え続けられることで、存在しないはずの記憶が芽生える現象も確認されている。そもそも、記憶が時間経過で徐々に曖昧になってしまうのが、原因だけど」

「簡単に言うと、記憶も絶対的なものじゃない。そういうこと?」

「うん。だから、その記憶から語られる真実もまた絶対的なものではない」


 外部からの影響を受けずとも、記憶は勝手に脚色されてしまう。故に信頼できるのは、やはり物理的な証拠になってしまうのだ。


 その後、二人は目的地に到着した。烏が鍵を使い、部屋の扉を開く。その先にあるのは、誰もいない暗闇だ。


「……電気つけて良い?」

「もちろん」


 杜樹は部屋の壁にあるスイッチで照明を点灯させる。ただ、光の強度は最も低く調整されているようで、常人には暗いように感じられる。


「それで、話したいことって何?」


 直後、杜樹は部屋の扉を閉め、内側から施錠した後、烏の方を振り返る。余程、他人に聞かれたくない話なのだろうか。


「今日の全体連絡を見た?」

「ん、見ていないかも」

「……そうだと思った」


 烏は携帯を取り出し、共有事項を遡る。そこには、狗骨ひいらぎからの新規連絡を確認することができた。内容に目を通す烏。次の瞬間、視界に映ったのは、衝撃の単語だった。


「……磐境いわさか研究所!?」


 烏は思わず声を上げた。


「どうやら、研究所の跡地とか関係者を探しているみたい」

「え、何のために?」

「そこにも書いてあるけど、神器の情報が欲しいから」


 烏も連絡内容を詳細に眺める。確かに、杜樹の言う通りだ。


「先に確認するけど、烏は神器に関する情報は持っていない?」

「う、うん。僕は研究に携わっていたわけじゃないし……」

「でも、跡地は当然知っている。そうだよね?」


 烏は小さく頷く。その様子からは動揺も感じられる。


「狗骨さんに協力する? それとも、無視する?」

「……杜樹はどう思う?」


 烏は助けを求めるように、声を発した。


「まず、研究所の跡地に烏の情報は残っているの?」

「十中八九、残っている……」

「うーん。事前に隠滅すれば大丈夫とも思ったけど、おそらく私たちでは技術的に不可能」


 なぜなら、烏と杜樹には情報系の知識がないからだ。そもそも、研究所が抱える電子データに辿り着くことができない。


「結局、跡地の情報を共有しても、入手元を怪しまれるから、一旦は様子見が無難だとは思う」

「そ、そうだね」

「ただ──」


 杜樹が本当に話したかったのは、ここからだ。


「──これは全て、秘密を守る前提の話」

「……」

「まだ、皆には隠していたいの?」


 杜樹の言葉に、烏は俯くように目を逸らす。


「別に、全部を正直に話す必要はない。それに、烏もある意味、研究所の被害者でしょ?」

「当時、自覚がなかったとはいえ、巨悪の一味だったことも事実。結局、過去の話で皆の見る目が変わってしまうのが、僕は怖い……」


 杜樹の目には、烏の手が少し震えているのが映った。


「……わかった。とにかく、いつまでも隠し通せるとは限らない。自分から話す選択肢も頭の中に入れておいて」

「う、うん……」

「ちなみに、何としても隠し通す選択肢を否定したいわけではない」


 不安そうな烏に、杜樹は微笑みかける。


「どちらを選ぶかは、ゆっくり考えると良い。私は烏が行く先に付いていくよ」

「ありがとう……」

「気にしないで。だって、そういう約束でしょ?」


 記憶は風化するものだ。記憶は絶対ではない。故に、記憶から語られる言葉も絶対ではない。では、記憶の中での誓いは絶対となるのだろうか。

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