7.奪還
そして、来る立橋製作所への強制捜査実行日。中に突入する四人は、立橋製作所本社へ向かう車内で、作戦の最終確認をしていた。
「灰音、確認だが、邪魔する奴は斬っても良いのだよな?」
椿が灰音に尋ねた。
「天老から武器の使用許可は下りている。でも、本社に入った瞬間に戦いが始まるわけじゃないからね?あくまでも、敵が攻撃の姿勢を見せたらだよ?」
「わかっている。」
しかし、立橋製作所が四家の残党であるならば、遅かれ早かれ直霊と戦う覚悟ができているはずだ。本社内で迎撃する態勢は整っていると見て、間違いないだろう。
「あと、難波っていう女、たぶん術者だから気を付けてね。」
「その根拠は?」
「誘拐犯がさ、琥珀ちゃんを術者だと知ることができた理由が謎だったでしょ?」
「そうだな。」
ずっと疑問に思っていた。しかし、誘拐犯が術者だと考えると、少し納得がいく。
「琥珀ちゃんの感情伝播が発現したとき、民家の外にも精神干渉の影響は出ていたと思う。でも、警察は気づいていなかったから、普通の人じゃわからないほど微弱だった。」
「つまり、術者であれば、その微弱な精神干渉にも気づくことができたということですね。」
焔の言葉に灰音は頷いた。焔と強盗犯を一瞬で意識朦朧状態まで持っていくほどの出力であれば、民家の外にも少しは届いているはずなのである。
「だが、その強盗事件が生じた近くに、たまたま術者がいることがあるのか?それも、悪意に満ち溢れた術者だ。」
「もちろん、遠くから何かの霊魂術で感知したのかもしれない。でも、どちらにせよ術者がいることには変わりない。」
確かに椿の言う通りだが、偶然に偶然が重なることはもはや珍しくない。
「それなら、私は警察に裏切り者がいる確率の方が高いと思うけどな。正直、今回の作戦に警察が関わるのもあまり良く思わない。」
「確かにその可能性も考慮するべきだけど、警察の方は七瀬さんと狗骨さんが実質的に見張りになっているから、大丈夫だと思うよ。」
椿はまだ納得していないように見えた。
「見張るくらいなら、最初から要らないだろうが…」
椿は静かに呟いた。
「とにかく術者には気をつけよう。特に難波がそうである確率が高いだけで。」
「言われないでも、当然だ。」
相手に術者が何人いるかはわからない。でも、何人いようが関係ない。一人残らず、制圧すれば良いだけだ。
「ちなみに、術者がいるとしたら、四家の残党の目的は達成しているということで、そこまで無理して誘拐する必要があったのでしょうか?」
焔は灰音に疑問をぶつけた。確かに、それも一理あるが、正しいとは言えないだろう。
「いや、四家は一人の術者しかいないから滅びる結果になった。今度は、何人の術者を用意しようとしていても、不思議じゃない。」
「な、なるほど。」
複数の術者を相手にする可能性に、焔は少し慄いた。
「敵の話ばかりしているが、誘拐された術者の奪還が主ではあるのだろう?私は人探しなどしないぞ。」
「それは、私たちに任せてよ。そのために、紫苑を連れてきたし。」
椿には、戦闘に集中してもらった方が良い。それに、椿は誘拐された琥珀の姿を現物では確認していない。
「あの、私いつも灰音さんに都合よく使われていませんか?」
口を開いたのは、レインコートのような服を着た女性である。その首にはヘッドホンを掛けている。彼女の名は夜埜紫苑、現在二十二歳。直霊の中では、まだまだ新人の部類である。
「そんなことないよ。頼りになるから、こうして声を掛けているのさ。」
「そう言っていただけると嬉しいですけど、私の術で人の判別はできないですよ?」
紫苑が持つ霊魂術の名は『透影世界』。系統は和の伝達術に分類され、周囲にある精神反応の位置を探知する力を持っている。このとき、探知されている側に自覚は一切生じない。
「知っているよ、でも人の反応に手当たり次第向かったら、いつかは辿りつくでしょ?」
「いつかですか…」
紫苑は溜息を零した。
「それに、待ち伏せされているかどうかも分かるし。とっても便利だね。」
「何か、私の価値は霊魂術だけって言われているような気がします…」
「いやいや、そんなことないよ!紫苑は強いし、仲間想いだし、あと優しいよね!」
灰音は珍しく焦った。紫苑は俯いて、黙ったままである。
「焔もそう思うよね?」
「え?あ、はい!」
いきなり振られて、焔は流れで返事をした。実際、焔と紫苑は先ほど自己紹介を交わしたばかりなので、紫苑の性格など知る由もないだろう。
「ところで、灰音。自分の武器、持ってこなくて良かったのか?」
気まずさを感じたのか、椿が話題を変えた。
「うん、琥珀ちゃん抱えて帰るときに邪魔かなと思って。あれ、大きいし、重いし。」
「一応、確認だが、あの武器を作ったのは灰音だよな?」
「え、そうだよ?」
それならば、大きくて重い武器を作らなければ良かったのでは、と椿は言いたいのだろう。だが、性能の都合上、仕方なかったのだ。
「そうか、いや何でもない…」
椿はそっと口を閉じた。その後しばらくすると、立橋製作所本社であるビルが車窓から見えてきたようだ。
「そろそろだね。焔は心の準備大丈夫?」
「もちろんです!」
前回とは違い、焔の元気な返事が聞けて、灰音は満足気な表情をしている。