65.崩壊
棚から資料を取り出し、内容を確認しては、また棚に戻す。結局は、その繰り返しだ。電子媒体に記録されたデータであれば、単語検索などに頼ることもできたのだろう。デジタル社会だからこそ、紙媒体による保管が漏洩対策として機能する。それもわかっているが、どうも不便に感じてしまうのは、現代人の性なのだろうか。
ただ、古い資料はそこまで数が多くなかったのが、救いであった。実際、椿と狗骨が協力することによって、数時間で目を通せる程度の量だった。しかし、肝心の情報は発見することができなかった。
「やっぱり、直接的な鎮の情報はここにないと見て良いかも……」
「え、えっと、これからどうしましょう?」
情報庫に見当たらないとなると、次にどこを探すべきか。
「鎮の情報が残っているとしたら、神器の出処……」
「磐境研究所のことですか?」
「そう……」
磐境研究所こそ、朱盃雨水を誘拐し、神器を生み出した諸悪の根源。神器や霊魂術という特殊能力について、秘密裏に研究していた組織だ。
「ただ、磐境研究所は所在地含め、多くが謎……」
「でも、確か潰れてはいましたよね?」
「例の内部リーク以降、一切の音沙汰はない。裏社会でも情報だけ吐き出して消滅したとされている……」
ちなみに、内部リーク以前は、そもそも磐境研究所という組織があることもわかっていなかった。
「結局、何があったのでしたっけ?」
「告発者曰く、研究所で内乱が起きて、職員が全滅したらしい。真偽は不明だけど……」
内乱の原因などについても、特に言及されていなかった。
「な、なるほど。ただ、少なくとも、その告発者は生存できた研究所関係者?」
「そうなる。告発者を見つけることができれば、鎮の情報も得られるかもしれない。ただ、現実的じゃない……」
今から、告発者を特定するのは不可能だろう。告発者に繋がる情報が何もないからだ。
「研究所跡地の発見なら、可能だとは思う。大規模な実験施設だったろうし……」
未だに所在がわかっていないということは、人里離れた山奥などにある可能性が高い。人力で捜索するのは難しいが、航空写真と人工知能による自動画像検出などを駆使すれば、候補となるような廃墟は発見できるだろう。もちろん、その辺りの知識を狗骨は持ち合わせていないが、灰音に頼めば良いだけの話である。
「ひとまず、磐境研究所の所在特定とか関係者捜索については、皆に情報共有して、協力して進めるべきかな……」
刹那や鎮という単語を出さなければ、皆に余計な憶測を生む恐れはないだろう。
「そ、そうですね。でも、急に磐境研究所の話をするのも不自然ではないでしょうか?」
「適当に、まだ見ぬ神器が存在する可能性があるから、捜査が必要とか言っておけば良い……」
未発見の神器があるのかどうか、明確にするに越したことはない。実際、刻という隠れた神器があったのだから、納得できる理由にはなるだろう。
一方、幽谷監獄では、新たな囚人が収監されてから、二週間が経とうとしていた。狛にとっては初めてとなる変化だったが、意外と慣れるのも早かった。
二人目の囚人は会話ができないという難点があるが、そもそも看守と囚人は会話をする必要がない。なぜなら、この場所は更生目的の施設ではないからだ。看守に求められるのは、一方的な監視である。
一日の報告作業をするため、狛は看守室でパソコンの前に座る。内容の大半は、囚人の詳細な記録だ。ちなみに、二人目の囚人について、狛視点では記憶が戻るような気配はない。実際にどうであるかは、黛による再尋問の際にわかるだろう。
その後、作業を終えて、画面を閉じようとする狛だったが、新たな連絡メールが来ていることに気づいた。差出人を確認すると、天老であったので、少し身構える。ただ、特に緊急というわけではないようだ。メールを開き、内容を黙々と読む狛。次の瞬間、目に飛び込んできたのは、狛には到底無視できない文章だった。
「……は? 何これ?」
もう一度文章を読むが、見間違いではない。そして、冷静に内容を理解すればするほど、困惑という感情が芽生えてくる。怒るように立ち上がる狛。そのまま一直線で、看守室に設置された固定電話に手をかけた。
「こちらは自動音声応答システムです。名前をお願いします」
受話器を耳に当てると、自動で機械音声が流れてきた。
「……唐獅子狛」
「声紋認証。唐獅子狛、確認しました。次に、用件をお願いします」
「今すぐ、天老に電話を繋げてほしい」
狛の言葉の後、システムが音声認識をする時間として、一瞬の静寂が訪れる。
「すみません。できません。他に用件はありますか?」
わかってはいたが、機械音声で淡々と述べられるのも、妙に苛つく。
「……天老に早急な伝言をお願いしたい」
「畏まりました。五秒後に録音を開始します。録音時間は最大一分です」
直後、機械音によるカウントダウンが開始された。その間に、狛は話す内容を頭の中で簡潔に纏める。
「お世話になっております、唐獅子狛です。先ほど連絡された特別房における囚人処遇の急遽変更について、意図のご説明をお願いします。早急な返答お待ちしています。以上です」
感情を抑えるように、狛は言葉を紡いだ。
「録音終了。ただいま天老に転送します」
「……」
「転送完了。天老が内容を確認中。しばらく、お待ちください」
それから数分間、無言の時間が続く。
「天老から返答が送信されました。内容を読み上げます」
天老にしては、返答がやけに早い。想定済だったということなのだろうか。




