64.情報
薫と想が退店した後、忍は携帯を取り出し、電話をかける。呼び出し音が響いている間に、忍は頭を傾け、携帯を器用に耳と肩で挟むことで、手を自由にした。これで、グラスなどの片付けも同時進行で可能になる。
「……もしもし?」
「夜遅くにごめん。今、時間は大丈夫?」
「あ、はい。別に暇でした」
電話越しに女性の声がした。忍も随分と砕けた口調に変化している。
「突然で悪いけど、私に急な仕事が入ったから、依頼を幾つか代わりに請け負ってくれない?」
「え、あまり自信はないです」
「歌留多と協力すれば、何とかなるでしょ? 無理な依頼は、最悪蹴っても構わないから」
電話越しの人物は悩んでいるのか、一瞬無言になる。
「……わかりました。うちらで頑張ってみます」
「ありがとう。電話の後に、詳細は送る」
既に話が進んでいる依頼はできるだけ白紙にしたくない。顔の下部分は隠れているが、忍の表情は安堵しているように見えた。
「後、未鈴の件だけど──」
「お、何か進展ありました?」
電話越しで、声色が少し上がった。
「──結論から言うと、私たちの予想とは全然違う話だった」
「えっと、あの裏切り者に抹消されたとか、そういう話ではなかったということですか?」
「そう。未鈴の行方を捜索する中で、情報も手に入れば良いと思っていたのだけど……」
忍は残念そうに言った。
「結局、未鈴は死んだのですか?」
「そう考えて良い。生きていたとしても、廃人状態」
「あ、了解です。一旦、未鈴のことは忘れます」
死別ということで、心は整理した。同郷というだけで、ただの他人だ。
「それと、未鈴から直霊に『逆咎』の情報は漏れたかもしれない」
「……え?」
「追跡される立場になることは覚悟した方が良い」
電話越しで大きな溜息が聞こえた。
「面倒くさい……」
「別に、返り討ちにできるだけの力は持っているでしょ?」
「いやいや、術者との戦闘は苦手ですよ」
善悪に関わらず、術者を発見次第、追跡する直霊は平穏な日々を害する邪魔な存在だ。
「ちなみに、直霊追い払うのを手伝ってくれます?」
「依頼なら、幾らでも」
「……そう言うと思いました」
忍としての仕事なら、何でもやるということだ。
「じゃあ、私はそろそろ寝るから。また何か質問あったら、いつでも連絡して」
「わかりました」
通話をしている間に、忍は早くも片付けを完了したようだった。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい。颯さん」
直後、通話が切れる音がした。
直霊本部での会議があった翌日、情報庫の前には椿と狗骨の姿があった。目的はもちろん、鎮に関する情報収集である。ちなみに、七瀬は警察業務の関係で欠席のようだ。
狗骨が情報庫の扉を解錠し始める。情報庫の管理も、狗骨に任された仕事の一つである。直霊の捜査員であっても、狗骨の付添がないと、情報庫に入ることはできないのだ。
数十秒後、扉が開いた。その先に続く棚の数々に、直霊が所有する資料が保管されている。内容は、霊魂術に関するものが大半だ。
「話は大体、七瀬から聞いた。欲しいのは、鎮の外見情報で合っている?」
情報庫の奥へと進む中で、狗骨が口を開いた。
「は、はい……」
「私の記憶では、七瀬が持ち出した資料以外に鎮に関する情報はなかったと思う。でも、物自体が古くから存在するはずだから、昔の資料に何か情報があるかもしれない……」
「な、なるほど……」
当然だが、狗骨も情報庫にある資料を全て把握しているわけではない。
「あ、あの、狗骨さんは今回の件について、どう考えていますか?」
「……」
椿の質問に、狗骨は手を顎に当てて、考える仕草を見せる。
「正直、警察の証言は、今でも信じられない。私は遺体を調べたからわかるけど、あの三人は即死だったから……」
無事に帰還できた警察の話が真実だとすると、たった一人の敵に三人が瞬殺されたことになってしまう。狗骨は殉職した捜査員をよく知っているので、それが異常であると理解できる。轟飛燕、鳴上迅、徳石墨、あの三人を圧倒するほどの人物がこの世に存在するだろうか。
だからこそ、警察が見落としていただけで、周囲に潜むような敵が他にいた可能性についても、狗骨は考えていた。そのような意味で、警察の証言を真実だと思うかという質問には、否という回答を返すことになる。
「それを例の集団による仕業だと考えると、納得できる自分がいる。ただ、鎮の件における敵と例の集団が一致していようが、仮面の人物が持っていた薙刀が鎮だろうが、刹那の生存には結びつかない……」
結局、仮面の人物が刹那に似た特徴を持っていようが、刹那に変装することで直霊を混乱させるという敵の作戦である可能性を否定できない。相手を一撃で気絶させる霊魂術がそこまで珍しいわけではないからだ。
「というより、例の集団と一致しているとしたら、仮面の人物は刹那ではない気がする。刹那が例の集団に力を貸す理由がないことは前提として、洗脳されている可能性も低いと思うから……」
「なぜですか?」
「直霊の捜査員を記憶改竄とかで味方にできるなら、あの集団は私たちの身柄を狙うと思わない? 少なくとも、私が敵なら積極的にやる……」
例の集団にとっては、直霊の捜査員一人減らしつつ、味方を増やす一石二鳥の選択肢であるはずだ。だが、話を聞く限り、例の集団は直霊の捜査員自体を狙うような動きは見せていない。
「仲間の術者を増やしたいという思惑は、敵にもあるはず。実際、斑琥珀を誘拐しているわけだし。そこで、直霊の捜査員ではなく、斑琥珀を狙った理由は何か……」
斑琥珀は直霊の捜査員よりも誘拐難易度が低いだろう。抵抗されても、たかが知れている。だが、逆に言えば、仲間にしたときの戦力上昇も少ないはずだ。そして、戦力増強を考えるならば、直霊の捜査員を狙う価値は十分にある。では、あえて斑琥珀を狙うとしたら、他にどのような理由が考えられるだろうか。
「例えば、純真無垢だから。騙しやすいのが、斑琥珀が直霊の捜査員よりも優れている点。霊魂術関係なく、洗脳できる可能性があるということ……」
つまり、霊魂術による洗脳がそもそもとして不可能だからこそ、斑琥珀を狙ったのではないかと、狗骨は推測しているわけだ。既に洗脳できる人数の上限に達している状態だとしても、入れ替えを狙わないのかという話になってしまう。
「……理解しました。ありがとうございます」
椿は狗骨に礼を述べた後、小声で呟きながら、何か考えているように見えた。
「椿。色々話して何だけど、思考も時には毒だよ。結局は、目の前の敵を倒すだけで良いから……」
椿の様子を見て、狗骨が声をかけた。
「……はい。わかっています」
その後、二人は情報庫の最深部まで辿り着いた。そこは、情報庫の中でも古い資料が保管された場所。とりあえず、周辺の棚を手探りで捜索することになる。




