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狂禍四魂  作者: 発戸あいす
第3章
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63.内緒

 乾杯してから、三十分も経っていなかっただろう。だが、カウンター席には机に俯せるように酔い潰れたおもいの姿があった。


じょう様、大丈夫ですか?」

「……」


 しのが話しかけても、特に応答はない。


「そういえば、想がお酒飲むところ、見たことなかったかも……」


 想が下戸だったとは、かおるも知らなかった。


「私が少し度数の高いものを出してしまいましたかね……」

「忍さんは気にしないで良いと思いますよ。たぶん、記憶の中に飲酒した経験があるので、自分も飲めるものだと勘違いしちゃっただけだと思います」

「なるほど。確かに、記憶が膨大であるだけ、混同してしまうのも理解できます」


 その後、忍は想を楽な体勢に変化させる。ちなみに、想は深く眠っているようで、起きるような気配はない。そして、動かない想の横で、薫と忍に少しの沈黙が流れる。


「……あの、忍さんはどうして想に意欲的な協力をしてくれるのですか?」


 二人だけで話す機会を得たので、薫は忍に疑問をぶつけた。


「やはり、信用できませんか?」


 重要な役割を依頼しているので、それだけ想が信用している人物であることは薫にもわかる。だが、あまりにも協力的なので、どこか胡散臭い雰囲気を感じてしまう。


「単純に気になっただけです」


 報酬という存在は、仕事に責任を発生させる。精神的な何かではなく、金銭などの物理的な報酬が一定の信頼感を築いているのだ。逆に、対価のない仕事は質も疑わしい。


「一言で表すなら、四条様が上に立つべき人間だと思うからでしょうか」

「……ん?」


 斜め上の答えに、薫に頭は一瞬困惑した。


夏凪なつなぎ様も中身の伴わない権力者を見ると不快感を抱きませんか? 私、世界は実力主義を体現するべきだと思うのです」

「……想みたいに実力がある者が権力を持つべきだと?」

「その通りでございます。四条様が持つ知識や技術、そして応用力は人類の極致。当然、更なる成長の余地もある。本人がその気なら、頂点にも君臨できる器でしょう」


 何だか壮大なことを言っているが、忍は単純に想の熱狂的な信者であるだけなのかもしれない。薫は直感的にそう思った。


「夏凪様も四条様の力を信頼して、一緒にいるのではないですか?」

「まあ、そうですね。ただ──」


 確かに、想の指示を聞いていれば間違いないだろうし、これまでも想を頼りに動いてきた事実がある。それだけ、知恵や経験から成る想の的確な判断力を身に染みるように感じているからだ。


 しかし、想に付き従うと決断したときはどうだっただろうか。薫は想と初めて会った日のことを思い出す。自分は想が纏う強者の風格に惹かれたのだろうか。いや、それは違うような気がする。


「──私は逆に想の弱い部分を感じたから、一緒にいようと思った記憶があります」


 想の冷酷な目の奥に、脆さや儚さを感じた。だから、隣に支えが必要だと思った。


「それもまた素敵な理由ですね。実際、今の姿を見ると、夏凪様が一緒にいて良かったと思います」

「……確かに」


 隣で昏昏と眠り続ける想を見て、薫は少し笑みを零す。忍は想の帰る場所を知らないので、薫がいなかったら面倒なことになっていただろう。


「でも、結局、想に協力する理由があまり納得できていないというか……」


 忍が想の実力を高く評価しているのは理解できたが、献身的に協力する理由とそこまで結びついていないような気もする。


「……これは四条様には内緒なのですが、私は別に復讐劇は応援していないのです」


 忍は想の原動力が何であるかも知っているようだ。


「だからこそ、無意味な劇には早急に終幕を迎えてほしい」

「……何となく理解しました。忍さんも協力することで、終幕が早まると?」

「はい。先ほど申し上げた通り、四条様は可能性の塊でございます。その広い選択肢をご自身で狭めているのが、非常に勿体ない」


 忍は想の心情を否定する気はないのだろう。だから、想の願望を叶えるように協力する。もちろん、忍の方から働きかけることはしないのだが。


「……すみません。夏凪様の前で述べる言葉ではなかったかもしれません」


 忍は薫も四家の子孫であることを思い出し、失言だったと反省した。


「いえ、大丈夫です。私は復讐心がそこまであるわけではないので。そもそも、物心が付いたときには、実母と離れていましたし」


 薫だけでなく、りんしずくも同様であるだろう。


「……そうだったのですね」

「正直、復讐が何も生まないという考えには、私も賛成派です。忍さんが言うように、想はもっと自由になった方が良いとも思います」


 薫も、本音は忍と同じだ。


「では、なぜ夏凪様は四条様に協力を?」

「私と想、境遇は同じだと思っています。でも、持つものは違う。その一つの違いが結果として、復讐心にも格差を作ってしまった。結局、私に復讐心が少ないのは、四家の中でも夏凪家に生まれたからに過ぎないのです」


 もしも四条家に生まれていたら、想と同じことをする。それは誰でもそうなのかもしれないが、境遇が近い薫だからこそ、より現実味を帯びた空想になる。


「想が内に秘める憎悪がどれほどか、誰にもわかりません。でも、わかるとしたら、同じ四家の子孫だと思います。だから、復讐も手伝います。せめて、孤独な復讐にはさせない。だって、全てを遂げた後に周りに誰もいない結末は哀しいと思いません?」

「……夏凪様の言う通りかもしれません。少なくとも、私は四条様の協力者になれても、本当の意味で理解者になることはできないでしょう」


 ただでさえ、術者に寄り添えるのは術者しかいないというのに。四条家の子孫という特殊な存在に生まれたこと、その運命は残酷だ。


「あ、言い忘れていましたけど、これも想には内緒でお願いしますね?」


 薫は人差し指を口に当てる仕草を見せた。


「もちろんです。酒席での話を他に持ち込まないのが、鉄則でございます」

「ですね。何なら、お酒で全部忘れたことにしましょうか」

「それが互いに良いでしょう」


 初対面だったが、随分と話し込んでしまった。それも、酒のせいということにしよう。


 その後、薫は想を抱えて、店を出た。相変わらず、軽い体だ。この華奢な身に、一体幾つの屍が眠っているのだろう。その重圧感は誰にも感じることができない。


 夜も随分遅くなったが、薫の目には街に同化するような沢山の人々が映った。人混みに揉まれるのも、実はそこまで嫌いではない。皆と同じ目線で生きているような気分になるから。

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