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狂禍四魂  作者: 発戸あいす
第3章
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62.夜風

 なお本部内とは対照的に、東京の街は夜に向けて騒がしくなっていく。群衆に紛れ、人々は互いを気にすることはない。人の賑やかな声が自身を掻き消すように、ただ夜風の冷たさを感じる。だが、少し路地裏に逸れると、都会の宴とはまるで無縁な世界。そこは、周囲の華に隠れるような、疑似的な死角となるのだ。


「……どこに向かっているの?」

「もう少しです」


 路地裏に存在する地下への階段には、かおるおもいの姿があった。周りの目から逃げるように、階段を下っていくと、一つの扉に辿り着く。想が何かのカードを取り出し、扉に翳すと、鍵の開く音がした。


 扉を開いた後、視界の正面に入るのは、酒棚とカウンター席。壁にはダーツ盤が見える。どう見ても、普通のバーだ。だが、人の影は見えない。また、想が連れてきたかった場所が酒場であるはずがない。薫は不審感を抱きながら、恐る恐る足を踏み入れる。


「これは、じょう様。ようこそ、いらっしゃいませ」


 突然の声に少し驚く薫。奥から、店主らしき女性が顔を見せたのだ。口元を黒の布で隠し、髪を後ろで縛っている。会ったことはないはずだが、その女性の瞳に薫はなぜか既視感を覚える。それよりも不思議だったのは、今の今まで気配を感じなかったことである。どうやら、ただの店主というわけではないようだ。


「突然、すみません」

「いえ、歓迎でございます。そちらの方は?」


 店主らしき女性は薫に視線を向ける。


「あ、初めまして。夏凪なつなぎ薫です」

「……夏凪?」


 霊魂術にある程度詳しい者であれば、その名前には聞き覚えがある。


「お察しの通り、薫さんはあの夏凪家の子孫ですよ」

「それは何と素晴らしい。お会いできて、光栄です」


 店主らしき人物はカウンターの向かい側から手を伸ばす。薫は戸惑いながらも、握手した。夏凪家は別に会えて嬉しい有名人などではない。むしろ、憎まれるべき悪というのが、世間の印象だろう。


「申し遅れました。私、ここのマスターをしています、しのと申します。よろしくお願いします」

「……どうも」


 薫は思い出した。この人は、初めて会ったときの想に似ているのだ。冷徹で無感情な目。今思えば、このような視線を感じて、よく付き従う気持ちになったものである。


「それで、四条様。本日は何用で?」

「依頼です。簡単に内容を纏めてきたので、こちらを」


 直後、想は紙の資料を忍に渡した。忍は紙を捲りながら、軽く目を通す。その後、忍は一瞬だけ意表を突かれるような顔を見せた。


「……可能ですか?」


 少し不安気に想は尋ねた。


「如何なる依頼も成功させる。それが、私の仕事でございます」

「流石です」


 想が安堵の表情に変わる。もし断られていたら、計画を一から練り直すことになっていた。


「ねえ、想。結局、この人は何者なの?」

「平たく言えば、殺し屋です」

「やっぱり、そういう感じか」


 四家を神格化しているのは、大半が裏社会の人間だ。薫も何となく察してはいた。


「あの、私は一応、運び屋を名乗っているのですが……」

「失礼。私は殺し屋としての側面しか見ていないもので」

「それは、四条様が普段そのような依頼しかしていないからでございます」


 先ほど資料を見て、驚く様子だったのは、普段のような暗殺依頼ではないからだったのだろう。


「何、想。普段、暗殺依頼とかしているの?」

「勘違いしないでください。記憶のためです」

「ああ、そういうことね」


 確かに、記憶の入手は即座にできるので、その元となる死体だけ他の誰かに頼むというのも合理的だ。新たな記憶の仕入れが最優先ではないからこそ、他に尽力しつつ、同時に進めるのが良いということである。


 思い返してみれば、どこで拾ってきたのか全くわからない知識や技術が、想には多く存在している。それも、忍の協力があったのだろうと、薫は勝手に納得した。


「後、忍さん。今回の報酬について、相談させていただきたいのですが──」

「別に、無報酬で大丈夫ですよ。私と四条様の仲ですので」

「いえいえ、そういうわけにはいきません。今回は普段の暗殺依頼ではないのですから」


 想と忍の関係について、想が忍に依頼をするだけでなく、忍も想に依頼をしている。つまり、想が欲しい記憶を持っている人物を忍に殺害してもらう対価として、忍が欲しい情報を持っている人物の記憶を想に奪取してもらう相互的な協力をしているのだ。忍視点における想は、死体さえ持っていけば、その人物が持つ情報を全て教えてくれる最強の情報屋ということである。


「では、普段通り、私から四条様にも依頼をするというのはいかがでしょう?」

「……何の依頼でしょうか?」


 忍は一枚の写真を机に置く。その写真には、一人の女性の姿が映し出されていた。


「こちらの女性の行方を探していただきたいと思いまして」

「捜索依頼ですか……」


 想は机の上に置かれた写真を拾い上げ、顔に近づける。次の瞬間、想は写真の人物が記憶の中にあることに気づいた。


「あの、この方は龍宮たつみやすずという名前ですか?」

「……なぜ、ご存知で?」

「知っているというか、会ったことありますよ」


 薫も覗き込むように写真を確認する。想の言う通り、確かに木霊こだまじまで遭遇した術者だ。


「行方は知りませんが、神器の怨念で完全に自我を失っているように見えたので、無事ではないと思います。直霊も近くにいたので、既に捕縛または抹殺されているかと」


 その後、想は詳細な経緯も忍に話した。


「……そうですか」


 想の説明の後、忍は少し溜息を吐いた。残念そうな忍の様子を見て、想も何かを察する。


「もしや、忍さんの仲間の方でしたか?」

「元、仲間ですね」

「……」


 黙禱を捧げる想。だが、忍の感情は少し違うものだった。


「四条様。私は別に身を案じて、行方を捜していたわけではありません」

「違うのですか?」

「龍宮未鈴は私に関する情報を少なからず持っています。私が心配していたのは、その情報の漏洩。直霊や面倒な輩に追いかけ回されるのは、鬱陶しいですからね」


 龍宮が行方不明の時点で、何かに巻き込まれたことは確定。そして、重要なのは、情報が漏れているかどうか。情報が漏れていたとして、どこに漏れたか。


 想の話を聞く限り、直霊が忍に関する情報を得ていても不思議ではない。だから、忍にとって少し厄介なことになった。しかし、直霊に情報が漏洩したと判明したならば、幾らでも対応の仕方はある。


 敵が忍に関する情報を知っている前提で、それを逆手に取ることもできるだろう。また、敵が忍に関する情報を知っているからこそ、龍宮も把握していないような隠し札が刺さるとも考えられる。


「さて、話を戻すと、これで私の依頼は解決でございます」

「はい?」

「行方を捜索しても、無意味なのは明らかになりました。情報提供ありがとうございます。では、次は私が四条様の依頼を遂行する番ですね?」


 依頼は解決したのかもしれないが、何かしたという実感が想には全くない。感覚としては、解決というより消滅したようなものだ。


「いえ、別に私は──」

「大変助かりました。今度は、私が協力させていただきます。問題ないですね?」

「は、はい……」


 想が気圧される姿など、薫は初めて見た。別に薫たちが損する話ではないし、無償で手伝ってくれるなら、有難いことではある。


「……というか、何で私を連れてきたの? 想一人で済む話だったじゃん」


 話が一段落着いたところで、薫が想に尋ねた。


「忍さんが一時的に仲間に加わるようなものですし、顔合わせの良い機会かと思いまして」

「じゃあ、他の皆は?」

「大人数で来店するのも迷惑かと」


 とりあえず、人当たりの良い薫を連れてきたというわけだ。


「私は何人でも歓迎でございます」

「本当ですか? それなら、今度は皆で訪れても、賑やかで良いかもしれませんね……」

「楽しみにお待ちしております。ただ、ひとまず今夜は三人で乾杯というのはいかがでしょう?」


 確かにバーを訪れて、何も飲まずに帰ると言うのも変な話だ。薫たちもわざわざ断ることはしなかった。

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