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狂禍四魂  作者: 発戸あいす
第3章
62/76

61.昏黒

「私は構いませんが、えっと体力は大丈夫なのですか?」

「問題ありません」


 おんは少し動揺しつつも、よみが至って真剣だということを肌で感じた。


「……わかりました。私も付き合いましょう」

「ありがとうございます!」

「では、参考までにこちらを」


 紫苑は手に持ったタブレットの画面を詠の方に向けた。そこに映し出されているのは、数字や人名の表である。


「これは?」

「各種目の上位三名の記録です。公開されているものなので、安心してください」

「な、なるほど。ここに名を残すことができれば、特認にも近づくと」


 目指すべきものを確認するように、画面を眺める詠。直後、詠の目が見開く。


「え、これ、一位が全部、椿つばきさん……」

「そうですね。まあ、椿さんの記録はあまり気にしない方が良いと思いますよ」

「……」


 暫しの間、詠は声を失った。だが、壁の存在に畏怖していたわけではない。芽生えていたのは、奮起の感情。目標とするべき人を見誤ってはいなかったのだ。


「ちなみに、椿さんに次いで総合二位の方が、加入して間もなく特認に選ばれた人です。その理由は記録を見れば、わかると思います」


 紫苑の言葉の後、詠は改めて画面を見る。すると、ほぼ全ての種目で上位に食い込む、玄淵げんえんからすという名の人物が確認できた。椿には及ばないが、総合で他と大きく差をつけていることは明らかである。


「……ということで、早速記録を取り直しましょうか。私は夜まで大丈夫ですよ?」


 詠の気力が続く限り、どこまでも見届ける。その覚悟が紫苑にはあるようだ。







 時刻は二十時。なお本部一階廊下には、紫苑の姿がある。夜まで付き合うとは言いつつも、本当に夜まで続くとは思っていなかった。十月とおつき神社では詠と口を交わすことはあまりなかったが、椿たちが直々に推薦していたのも頷ける。


 廊下を歩く中で、紫苑は静寂を感じていた。帰るのが、ここまで遅い時間になるのも初めてかもしれない。直霊本部内に残っている人もほとんどいないだろう。実際、大半が消灯している状態だ。廊下天井の電気を頼りに、荷物を取りに行くため、紫苑は少し足を早める。


 しかし、その道中で紫苑は不意に足を止めた。何かの気配を感じたからだ。とはいえ、先ほども述べた通り、この時間に直霊本部にいる人間など限られているはずである。紫苑は後ろを振り返る。だが、その目には誰もいない廊下が映るだけ。先ほど通った道なのに、どこか気味悪い。


 気のせいだったのだろう。別にわざわざ霊魂術を使用するほどのことでもない。紫苑は前を向き直す。しかし、次の瞬間、紫苑の視界に映ったのは、目前に佇む黒髪の女性の姿だった。


「……!?」


 動揺で、声も出なかった。だが、冷静に女性の姿を見たとき、紫苑は安堵した。深黒のパーカーと、光を嫌うように瞑られた目。相変わらず、わかりやすい特徴だ。


「あの、驚かせないでください、烏さん」

「……ごめん。遅くに何しているの?」


 紫苑の目の前にいる女性こそ、玄淵烏であるようだ。


「新人の体力試験が少し長引いてしまって、気づいたらこの時間でした。今、帰るところです」

「結構、苦戦した感じ?」

「いえ、基準自体に引っ掛かっていたわけではありません。一言で表すと、それだけ熱意に溢れた新人ということですね」


 ここまで長引いた要因については、烏にも何となく理解できたようだった。


「……なるほど。結果はどうだった?」

「残念ながら、上には届きませんでした。でも、今後には期待できますよ。何せ、凄まじい気力ですから」


 詠はまだ十九歳なので、これから力を増していくだろう。


「それは、会うのが楽しみだね。正式な加入はいつ?」

「わかりませんが、時間はかからないと思います。霊魂術も非常に安定していますし」


 精神変動によって、術が暴走する危険性も低いということである。


「もしかして、継承?」

「直接聞いてはいませんが、おそらく」

「ふーん」


 本来であれば、精神と霊魂術が安定するのを待つために、直霊として活動するのは二十歳以上という規則がある。だが、継承世代であれば、それより低い年齢でも問題ない。


「それで、わざわざ顔を見せたということは、私に何か用があるのですよね?」

「紫苑も僕のこと、わかってきたね」


 直後、烏は紫苑に一枚の紙を渡す。そこに描かれているのは、布で口を覆うような人物の顔。髪の長さから女性だろうか。瞳は吸い込まれるように不気味な雰囲気を醸し出している。


「何ですか、これ? 似顔絵?」

「こういう感じの奴、十月神社で見ていない?」

「……いなかったと思います」


 仮面の人物の顔はわからなかったが、髪色が違うので異なる人物だと考えられる。


「ちなみに、もっと記憶力高い人に聞いた方が良いですよ? はいさんとか」

「さっき、灰音さんに聞いてきたところだよ」 


 別行動をしていた時間もあるので、当然と言えば当然である。おそらく、木霊こだまじまの件を含めて、皆に尋ねているのだろう。


「ああ、それは失礼しました。というか、灰音さん、まだ帰っていないのですか?」

「最近はいつもそうだよ。夜まで仕事していて、凄いよね」

「そういう次元の話ではないような……」


 灰音の仕事の進みが他の皆よりも遅いことなど考えられない。灰音の力があれば、人の何十倍の速度で作業が終わるはずである。それで、人以上に残業しているとすると、仕事量がどれほどになるか、もはや想像できない。いや、休憩を多く挟んでいると捉えるべきなのだろうか。


「とにかく、心当たりがないなら、大丈夫。用件はそれだけ」

「あの、この人は誰なのですか?」

「協力、感謝」


 その言葉の後、烏は紙を受け取ると、紫苑の背後方向へ足を踏み出す。


「え、私の質問は?」


 直後、紫苑が振り返ったときには、既に烏の姿はどこにも見当たらなかった。


「……もういないし。神出鬼没にも程があるよ、あの人」


 即座に消えたのも、時間を取っても悪いという考えを基に動いてくれたと勝手に思うことにしよう。紫苑は心の中で、そう決めるのだった。

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