60.虚偽
「……全然、違う」
「そう、あの薙刀は資料に記載された鎮の外見情報と一致していない」
資料における鎮は、そもそも薙刀の形状ではなかった。
「この資料って、無事に帰還できた警察の目撃証言を元に作られたものですよね?」
「そうだ」
「では、やはり新たな神器の可能性が高いということでしょうか?」
椿の質問に、七瀬は少し悩み始める。
「……椿。行き過ぎた考察かもしれないが、聞いてくれるか?」
「は、はい。何でも……」
椿は小刻みに何回も頷く仕草を見せる。
「ここまでの話を纏めると、刹那の面影を持つ人物が神器らしき薙刀を持っていたということになる。ここで、先ほどの会議での黛の報告を思い出してほしい」
「……捕まえた女性の記憶が抜けていたという話ですか?」
「ああ、記憶消去の霊魂術が話に登場していた。そして、敵が持っていると考えられる霊魂術が記憶の消去だけでなく、改竄もできるとしたら?」
七瀬の言葉に、椿は点と点が繋がるような感覚を得る。
「な、なるほど。帰還した警察の証言自体が虚偽の可能性があると……」
「つまり、実際は鎮と刹那を連れ、敵は逃走していた。その際に、警察に偽の記憶を植え付け、わざと無事に帰した。このように考えると、一応は辻褄が合う」
鎮の件で争った敵は神器を狙っていたと考えるのが自然。ならば、木霊島や十月神社に出現した集団の目的とも一致している。
「ただ、あの薙刀が鎮であること、もしくは仮面の人物が刹那であることの確実な証拠がない以上、この推測を基に動くのは危険だろうな。結局、椿も不確定な情報で皆を混乱させたくないから、私に相談したのだろう?」
「その通りです……」
「実際、まだ全員に共有するべきではないだろうな。とりあえず、私は鎮に関する情報をもっと集めてみようと思う」
目撃証言は確定情報と言えない。だが、それも重なることで真実性を増していくだろう。
「私も手伝います……」
「ありがとう」
これで、今後の方針は決まった、しかし、椿の胸の内には、まだ引っ掛かるものがある。
「あ、あの、もしも仮面の人物が刹那だとして、私たちは倒さなければいけないですよね?」
「……直霊と敵対する以上、誰であるかは問題ではない。仮に刹那が洗脳されていたとして、救出しようとした結果、被害が増えては本末転倒だろう。そもそも、洗脳が解除できる保証が一切ない」
結局、仮面の人物が刹那にしても、刹那ではないにしても、存在するのは倒す選択肢のみである。
「とはいえ、刹那を倒せるかは別の話だろうな。実際のところ、椿はどうだ?」
「正直、あまり自信ありません。いざ刹那と対面したときに動揺してしまったら、私の敗北が決まりますから……」
椿は俯きながら、七瀬の質問に答えた。
「それが普通だろうな。ちなみに、基礎的な身体能力も灰音と同程度はあるか?」
「最低でも、灰音以上です。今の直霊に刹那がいたら、確実に特認になっていたと思います……」
「なるほど。そこに一撃必殺の霊魂術が合わさると、手強いどころの話ではないか……」
七瀬はそこまで刹那と交流があったわけではない。しかし、椿がそこまで言う人物ならば、実力の高さは容易に想像できる。
「た、ただ一つ言えるのは、刹那の術に対して安全に戦うことができるのが、灰音です……」
「……それは皮肉なことだな」
「いえ、灰音は刹那の術の影響を受けなかったからこそ、刹那の相棒でした。刹那の術に対して、灰音が有利なのは、相棒として必然なのです……」
正直、刹那とは戦いたくない。でも、灰音と刹那が争うのも見たくない。だからこそ、仮面の人物が刹那でないことを椿は願う。というより、その仮面が割れる前に斬ってしまった方が楽なのかもしれない。その仮面の下に隠れた正体を闇に隠すようにして。
また、直霊本部一階にある訓練室には、紫苑と詠の姿があった。
「次は、握力測定となります。一度、休憩は挟みますか?」
「いえ、大丈夫です」
どうやら、二人は基礎体力試験の最中であるようだ。詠は机の上に置かれた握力計を手に持つと、全力で握りしめる。その結果を数値として、紫苑がタブレットで記録していく。
「これって一つでも基準以下だったら、不合格なのですか?」
「はい」
「もしかして、落ちることも結構あります……?」
紫苑の言葉で、詠の緊張感は膨らむようだった。
「まあ、そうですね。警察の体力試験と比較しても基準は高いですし、実際に苦労した人も知っています」
「な、なるほど……」
「ただ、挑戦回数に制限はないので、安心して良いですよ。基準を超えない限り、直霊としての活動ができないというだけで」
要するに、基礎体力試験を突破しない限り、直霊による軟禁状態が続くということである。もちろん、これは捜査員として活動する上で、最低限の自衛能力が求められるからだ。
その後、詠は体力試験を順調に突破し、残すは時間往復走のみ。というより、最も疲れる種目を後に残したのである。
「時間往復走は基準の回数を超えた時点で、終了していただいて大丈夫ですよ。上位記録を狙うのであれば、別ですけど」
「あの、そもそも良い記録を残す意味があるのですか?」
「一応、あります。特認を選出する際に、体力試験の結果も考慮するらしいので。まあ、特認になりたいかどうかは、人に寄りますけど」
ちなみに、基礎体力調査は毎年実施されるので、加入時の結果が永久に残るわけではない。
「ごめんなさい、特認というのは?」
「すみません、説明不足でした。特別に武器の所持が認められている捜査員のことです」
「え、認可がなければ、武器を所持できないのですか?」
紫苑の言葉に、詠は少し驚いた。だが、出会った捜査員を思い出すと、確かに全員が武器を持っているようには見えなかった。
「はい。私も全員が武器携帯で良いとは思うのですけどね。色々と事情があるのでしょう」
「じゃあ、特認になるまで、私の武器はお預け……」
詠が視線を向けた先には、体力試験の邪魔にならないように机の上に置かれた和傘が見える。その名は杜若、詠が愛用する武器である。
「ああ、そちらの傘であれば、心配要らないと思いますよ。所持に制限があるのは、銃や刀剣類ですから」
「本当ですか? 良かった……」
結局、銃刀法に触れなければ、何を携帯しようが自由なのだ。ちなみに、特認であっても、銃火器の所持は禁止されている。
「話を戻すと、より強力な武器を使用したいなどの願望があれば、特認を目指すと良いと思いますよ」
「一つ確認なのですが、椿さんは特認ですよね?」
「もちろん」
常に日本刀を携帯しているので、明らかである。
「私、特認を目指そうと思います」
「良い目ですね。では、最後の種目頑張ってください」
直後、紫苑は時間往復走を開始するために、音響装置へ近づこうとする。しかし、詠が紫苑の服の裾を掴んだ。
「ちょっと待ってください。挑戦回数に制限はないのですよね?」
「そうですが?」
紫苑は不思議そうに言葉を返した。
「一からやり直させてください」
「え?」
それは、紫苑も流石に想定外の言葉だった。




